And I am...4 | ナノ





And I am...4

 いつかしようと思っていた自立が、予定外に早くなっただけだ。洋平はまっすぐ射てくる彼の瞳から逃れるように視線を落とす。
「……すぐには無理です」
「明日、業者を入れる。人を遣るから、カードキーはそいつに渡せ」
 洋平の言葉が聞こえないように、彼は彼の言いたいことだけを告げる。彼は少しの間、ブルーグラスグッピーを見つめた後、廊下の壁に手をついている洋平の隣を通った。
 不快に感じない程度にフレグランスのフルーティーな香りが横切る。彼は振り返りもせずに玄関から出ていった。その場に座り込んで泣きそうになるのをこらえて、ベッドの上に座る。
 明日は突然過ぎる。準備さえままならない。だが、本当に準備できていないのは心だった。川崎は本当に亡くなったのだろうか。世話になったのに礼の一つも言えないのは、悲しいと思った。
 せめてアクアリウムを形見に、と思うが、それがエゴであり、現実的に考えて洋平にこの大きな装置を維持できる金はない。数ヶ月は預金口座の金で何とかできるが、その後は分からない。どんな仕事をしたらいいのかも、今は思いつかなかった。
 体を休めれば正常な思考が戻ってくると信じていた。浅い眠りから起きたのは、玄関が開いたからだ。廊下とリビングを隔てている扉から、見知らぬ男が姿を現す。
 男は何も言わずに、洋平の私物から財布を手にした。
「ちょっと……」
 ベッドから下りると、男はカードキーだけを抜き、財布は洋平の胸へ押し返す。洋平は自分の財布を受け取りながら、失礼な態度の男を見つめた。玄関が騒がしくなり、制服を着た男達が入ってくる。
「家具はこちらで処分する。必要な服は持っていかせるように言われている」
 男がパネルドアクローゼットの扉を開けた。洋平はくちびるを噛み締めて、ただ立ちつくす。
「いらないなら全部捨てるだけだ」
 そう言われて、洋平は大きめの鞄を取り出した。その中へ気に入っている衣服を入れていく。自分は何をしているのだろうと、泣けてくる。情けなかった。ここへずっと住めないのは自分の軟弱な体と意思のせいだ。
「川崎さんは、本当に亡くなったんですか?」
 男達に指示を出している男へ話しかけると、彼はうるさそうにこちらを見た。それから、洋平の背中を押した男は面倒そうに言った。
「金づるが消えて悲しいか? さっさと着替えて出ていけ」
 そういうつもりで聞いたわけではなかったが、洋平は肩を落とした。
「あの、アクアリウムをもらえないですか?」
 無理だと分かっていて聞いた。睨まれてその話は終わった。洋平は服を着替えて、いちばん履き慣れている靴を選ぶ。一度外へ出たら、もう入ることができなくなる。洋平はドアノブへ手をかけて、明るい外へと一歩踏み出した。

 盛夏の日射しを受けながら、まずは銀行へ向かった。記帳して、預金がないことを確認する。洋平はある程度、予想していた。出ていけと言うくらいだ。川崎がくれた金も奪われて当然だろう。肩からかけている鞄の中には服しか入っていない。財布の中には五千円札が一枚だけだ。
 駅前ロータリーにある花壇の石の上に腰を落とした洋平は、道行く人々を見つめた。もうすぐ昼だからか、会社員らしき人間達が何を食べるか話しながら通り過ぎていく。昔、母親が生きていた頃、手をつながれて外食へ出たことがある。父親には内緒だと言い、甘いデザートまで食べた。
 彼女が生きていた頃はよかった。今の洋平のように頻繁に体調を崩していたが、洋平も家のことを手伝い、父親もなるべく早めに帰宅していた。彼女が亡くなってから、家事の一切を引き継いだ洋平だったが、その努力はすべて裏目に出た。
 洋平は特に女々しいわけではなかった。家事は必然的に覚えたことであり、負担に感じたことはあまりない。だが、思春期に入り、洋平が同性に興味を持ち始めた頃、それを見抜いた父親との関係に大きな亀裂が生じた。
 高校を出てから、父親とはまったく連絡を取っていない。体調が悪くて学校を休んだら、憎しみの瞳で睨まれ、「男と寝て学校を休むな」と怒鳴られた。アスファルトから立つ熱気に視界が歪む。ひざの上の握った拳が震えた。

3 5

main
top


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -