And I am...3 | ナノ





And I am...3

 数時間前に着替えを終えていた洋平は、ベッドでぼんやりとアクアリウムを眺めていた。川崎が時間通りに来ないことは珍しい。だが、遅れる理由などあり過ぎて気にならない。
 結局、川崎は来なかった。今まで一度もないことで、メールを入れてみるが返事もなかった。洋平は三日以上、連絡のない川崎のことを心配したが、携帯電話でのつながりしかない。一度だけ電話をかけてみたが、コール音の後、留守番電話へ切り替わり、さすがに吹き込みはできなかった。
 翌週、『ブォンリコルド』で早めの夕食をとり、部屋へ戻った。携帯電話を何度も何度も確認するが、川崎からの連絡はない。空調パネルに触れて、そのままバスルームで服を脱ぎ、洋平は汗を流した。今夜はもう外出する予定もないため、肌触りのいいパジャマへ着替える。
 まだ二十時を過ぎたばかりだったが、洋平は電気を消してベッドへ横になった。アクアリウムのブルーライトが光る。除湿にしかしていないはずなのに、肌寒さを覚え、ベッドから立ち上がった。
 玄関のほうで物音がする。洋平は川崎が来たのだと思い、知らぬ間に駆けていた。照明をつけると、そこに立っていたのは川崎に似ているものの、彼ではなかった。艶やかな黒髪と彫りの深い顔立ちの男が、こちらを見つめていた。
「あ」
 この部屋のカードキーは自分と川崎しか持っていない。そのカードキーを持っている彼に似た男は、彼の息子だと思われた。洋平は廊下に立ちつくしていたが、ひとまず何か声をかけようと口を動かそうとした。
 だが、それはうまくいかなかった。人から嫌われることに慣れた洋平は、とても敏感に男からにじみ出ている空気を感じ取っていた。彼は自分を蔑視している。洋平はどうしてか、寂しい気持ちになった。
「あ、あの、川崎さんの息子さんですか?」
 笑ってしまうほど小さな細い声でしか聞けなかった。洋平は男がまとう圧倒的な力に怯えていた。川崎のことはどこかの会社の地位のある人程度にしか考えていなかったが、それはもしかしたら間違いなのかもしれない。今、目の前に立っている男が、最上位の人間であることに確信が持てるからだ。
「秘書に任せなくてよかった。まさか、本当に愛人がいるとは……」
 彼はそうつぶやき、靴を脱いで上がってくる。一瞬、洋平のうしろへ視線をやり、侮蔑を込めて言った。
「安いホテルみたいな演出をするんだな。残念ながら、親父はもう来ない」
 アクアリウムのことだろうか。洋平は近づいた彼を見上げた。体の弱い自分とは違い、健全に育ったであろう彼は、日本人にしては長身だった。スーツの上からでも彼の体には無駄な肉など一切ついておらず、しなやかな体だと分かる。
「な、何か、勘違いしてるみたいですけど、川崎さんと俺はそんな」
「親父は先週、亡くなった」
 彼は何でもないことのように言ったが、視線を合わせると、川崎の死を嘆いていることは分かる。洋平は胸に痛みを感じ、手で胸を押さえた。
「ったく……確かに道楽させてもらうと言ってたが、まさか男を囲うなんてな」
 彼は自嘲した後、洋平の体を壁へ押しあて、奥にあるリビングへと進んだ。照明が入り、明るくなると、彼はまだ廊下に立っていた洋平を振り返る。
「おまえ一人にこの部屋か。ずいぶんいい暮らしをさせてるな」
 彼はテレビの横へ設置していたパネルドアクローゼットを勝手に開けると、中にある衣服を確認する。寝室にはウォークインクローゼットがあるが、寝室を使用しない洋平のために、川崎が便利だからとテレビの横へクローゼットを置いてくれた。その中には川崎が贈ってくれたブランドものの衣服が何着もある。
「センスはいいようだな。だが、親父にねだった……気分が悪くなりそうだ」
 彼はクローゼットのドアを閉め、洋平のことを射抜く。
「若野洋平」
 嫌な予感はしていた。この男からは嫌われている。彼が何か素敵なことを言うわけがなかった。
「ここから出ていけ」
 彼の冷たい声とは別に、川崎の温和な声が聞こえてくる。
「洋平君、君の行く先が心配だ。何かしたいことはないのかい?」
 何もなかった。何も持たずに、何もないまま、どうして歩いてきたのか、洋平はもう忘れていた。

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