And I am...2 | ナノ





And I am...2

 洋平に部屋と金を与えてくれる男は川崎敏和(カワサキトシカズ)という。彼は洋平の働いていたバーへ訪れた時、すでに六十代であり、早期退職して今は道楽している身だと話していた。どこかの会社の偉い人だった、というのが洋平の認識だ。この一年、少なくとも週一回はともに食事をするが、彼についての詳細は何も知らない。
 ただクリスマスや年末年始、イベント事の時、川崎は洋平とは過ごさない。左手に光る結婚指輪と財布の中にある幼い男の子達の写真が、そういう時、誰とどう過ごしているのかを物語る。孫はいないと言っていたから、おそらく写真の子どもは息子達の小さい時のものだろう。
 体の関係はなく、いつも食事をするだけだ。洋平は特別な容姿を持っているわけでもなく、高校もろくに行っていないため、教養があるわけでもない。だが、川崎は洋平と食事をすると落ち着く、と言ってくれる。
 今の生活を与えられる時、洋平は少なからず愛人生活のようなものを想像していた。自分には体以外、差し出せるものがない。男とセックスをしたことがないわけではなかったから、求められても拒否はしないつもりだった。だが、川崎は男を抱く趣味はないと笑った。
 洋平は体の弱かった母親に体質が似ており、体調によってはベッドから出られない日が多い。特に扁桃腺炎は洋平を悩ませている。昔はテレビドラマに出てくる営業マンのように、ばりばり仕事をすることが憧れだった。あるいは、『ブォンリコルド』の店員達のように楽しく働いてみたい。だが、今の体質を改善しない限り、何となく、何をやっても中途半端に終わりそうな気がしていた。
 川崎は毎月十万円もの生活費と小遣いを口座へ入れてくれる。家賃や光熱費は彼が払っていて、洋平自身で高価なものを買うことはないため、この一年で洋平の口座にはかなりの額が貯まっていた。彼はその金で何かしてみてはどうかと勧めてくれる。たとえば、資格を取ったり、旅行に行ったり、あるいは店を始めたり、だ。そのどれも、洋平の心を動かさなかった。
 無気力ではないと言いながら、実際に自分の生活が堕落していることを洋平は理解していた。他人の金で養ってもらい、自立するどころか、どんどん落ちぶれていく。もしも、川崎の援助がなくなれば、自分はすぐに路頭に迷うだろう。それが分かっているのに、なかなか今の生活を変えられない。
 カウンターの下にはベッドを置いてある。ベッドの上に座り、ぼんやりとブルーグラスグッピーを見つめた。この部屋を出ていく時がきたら、このアクアリウムだけは譲ってもらいたいと思う。もちろん、これをもらうということは維持するための費用が必要になるから、やはり自分は早々に自立しなければならない。
 ジーンズのポケットで震えた携帯電話を取り出す。川崎からメールが来ていた。携帯電話代すら彼が払っている。そして、メールも電話も彼からしか来ない。週末、食事に行こうと書いてあった。迎えに来る時間が下に続く。こちらの予定など、もちろん聞かない。聞かれても、困るだけだ。
 洋平はメールへ返信して、ベッドへ寝転んだ。そのまま少し眠ることにする。自分に甘いが、外出するとすぐに疲れる。いつもこんなふうに生きていたから、学生時代から友達なんて一人もいなかった。自分でも自分のことをつまらないと思っているから、他人から嫌われるのは当然だ。
 バーテンダーとして働いていた時さえ、アルバイト仲間からは嫌われていた。遅刻や欠勤が頻繁なのに、店長から咎められなかったからだろう。その店長とは誘いがあれば寝ていた。
 今は亡き母親以外で自分に優しく接してくれたのは、川崎と『ブォンリコルド』の店員達だけだ。客と店員の関係だから、と思っていたが、会田と守崎はあの夜、立ち上がることのできなかった自分を仕事の後にここまで送ってくれた。その後も店を訪れるたび、体調を気にしてくれる。
 人の優しさに触れることができるのは、とても素晴らしいことだと思う。それだけで、大げさだが、生きていてよかったと泣けてくる。洋平は死にかけたこともなければ、死のうと思ったこともない。だから、やはり大げさなのだが、眠れない時は母親のことや他人から受けた優しさを思い出して目を閉じた。

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