And I am...1 | ナノ





And I am...1

 若野洋平(ワカノヨウヘイ)はイタリアンカフェ&バー『ブォンリコルド』の常連客だと自分でも認めている。週三回はここへ顔を出し、パスタ、釜焼きのピザ、オーブン焼きの魚介類と様々な料理の中から、その日の気分で食べたい物を選ぶ。
 夜はバーに変わる『ブォンリコルド』は、ランチを過ぎた頃とナイトに来るのが常連客の間では常識だった。洋平は定休日の水曜以外は特に月曜と土曜を避ける。
 本格的にナイト営業が始まったのは、現在のホールリーダーである守崎が来てからだ。それから、表看板のカフェにバーが加わった。彼はアルコールにめっぽう詳しく、希望すれば、カクテルも作ってくれる。その守崎の休みが月曜と土曜だった。
 もっちりとした生地のピザを耳まで食べ終わった洋平は、ミネラルウォーターを一口飲んだ。店内を見渡すと、新人の女の子に仕事を教えている守崎の姿が目に入る。
「俊治君、三番テーブルのお客様です」
 ナイト営業が始まる前に改装されたカウンターの奥で、キッチンスタッフの会田が顔を出す。彼は実質、この店の店長のようなものだ。五十近いオーナーは月一程度でしか店に現れない。オーナーはここ以外にもいくつか店を展開しているらしい。その中でもここは手がかからないのだろう。
 洋平もバーで働いていた時期があり、バーテンダーをしながら、店の経営に近いポジションにいたため、オーナーがこの店、この二人に信頼を寄せているのが分かる。守崎が名前を呼ばれて、返事をしたが、テーブル席の客が手を挙げて呼んだため、すぐに会田が頷いた。
 カウンターから出てきた会田は自分で作った料理を持って、注文した客のテーブルへ向かう。その後、会田と守崎はホールで少し言葉を交わしていた。新人が二人に見惚れている。洋平はその様子を見て苦笑した。確かに、料理や酒だけではなく、あの二人の容姿も絶品だ。周囲を見ると、皆、ちらちらと二人を見ていた。
「若野さん」
 歳はおそらく自分のほうが下だが、スタッフと客の立場だから、苗字で呼ばれている。近寄ってきた会田に、洋平は笑みを見せた。
「ごちそうさまでした」
 会田は空になっている皿を見てほほ笑んだ。初めて来た時、ピザが大き過ぎて食べ切れず、会田がわざわざ持ち帰りできるようにしてくれた。その後から、メニュー欄にはハーフサイズという文字が増えていた。
「夏バテしてませんか?」
 食が細く、血色の悪い自分のことを、会田はよく気にかけてくれる。店の中だけのことではない。一度、気分が悪くなった時、閉店ぎりぎりの時間になっても立ち上がれずにいると、会田と守崎が家まで送ってくれた。
「大丈夫です。最近はよく食べてるし、よく眠れるし、そのうち、会田さんのこと抜かしますよ」
 頭の上に手を当てて、手を上に上げると、会田は笑った。彼が食後のエスプレッソを運んでくれて、洋平はそれをゆっくりと味わった後、会計を済ませた。
 外へ出ると、アスファルトから熱気が上がってくる。洋平は駅とは反対側にある住宅街へ向かって歩いた。洋平が住んでいるマンションは、セキュリティのしっかりした独身者向けのマンションで、暗証番号を入力するとエントランスへ続く扉が開く。
 中はブラウンとレッドを基調にしたホールで、誰も座ることのない皮張りのソファが観葉植物とともに並んでいる。洋平の部屋は五階だ。カードを差し込み、鍵を開けて中へ入る。二十四歳の自分には不相応な部屋だった。
 すぐに空調設備のパネルへ触れる。冷房は寒くなり過ぎるため、除湿だけにしておいた。部屋はブランド家具で統一され、リビングだけで事足りるほど広い。そのため、洋平は寝室を使用せず、ベッドもあえてリビングへ置いていた。
 カウンターキッチンのカウンターにはアクアリウムが設置されている。幅九十センチの大型アクアリウムの中にはブルーグラスグッピーが優雅に泳いでいた。アクアリウムは夜、ブルーライトをつけると、幻想的な色へ変化して、その中でブルーグラスグッピーの尾ひれがきらきらと輝く。洋平は一晩中、その光を眺めていられるほど、このアクアリウムを気に入っていた。
 バーテンダーをしていた頃、昼夜逆転の生活に疲れながら、働かずに済む人はいいな、と考えたことがある。それはどういう意味か、と客の男に尋ねられ、たとえば女性なら、結婚して専業主婦になれば、ずっと家にいられると言った。金銭的余裕があれば、家事もしなくて済む。そういう生活がしたいのか、と聞かれて、頷いてみるとこうなった。

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