あおにしずむ 番外編4 | ナノ





あおにしずむ 番外編4

 市内でいちばん大きなカフェのテラス席にティムを見つけて、ロビーは向かいの席に座った。まったく会っていなかったわけではない。朝市や買い物で見かけることはあった。ヤニックには教えていないが、彼はショッピングモールの靴屋で店員として働いてる。高校卒業後、一度は都市部へ出たようだが、すぐに戻ってきていた。
「それで、俺に何か用?」
 ティムは高校の頃、オレンジブラウンに髪を染めていた。今はとても落ち着いた色合いのブラウンの髪を短く整えている。少し疲れが見えるが、彼は立派な大人になっていた。
「……ヤニック、元気か?」
 ロビーは頷く。ティムには少しだけ同情していた。仲よくなれそうになかったが、出会い方が違えば、きっといい相談相手になったかもしれないと思ったことがある。彼もヤニックを思っていた。ただその思いが勢いづいて、誤った道へそれた。それは自分にも起こりえることだった。
「そうか。あの、さ、ヤニックに、ブーケを作って欲しいんだ。もちろん、俺の名前は伏せていい」
「ブーケ? 何のブーケ?」
 尋ねたロビーにティムは自嘲しながらこたえた。
「ブライダルブーケ」
 ロビーは視線をテーブルへ落とした。
「結婚するのか?」
「この十年、ずっとヤニックのことを考えてた。誰を抱いても、あいつのことを思って、代わりにしてる。だから、諦めるために、彼女を妊娠させた。これで大丈夫だって思った。でも……。くそっ! 俺は、おまえが、本当に憎い。あいつに笑顔を向けてもらえる、おまえが……」
「勝手なこと言うなよ!」
 ロビーはテーブルの下で拳を握り締めた。
「今さら後悔するなら、どうして、助けなかったんだ? 君が彼のいちばん近くにいたくせに。彼がどれだけ苦しんでるか分かるか? どうして、十年も経つのに、一度も朝市に来ないのか、わざわざ南の街へ買い物へ出るのか、考えたことがあるか? 君達に会いたくないからだ」
 ロビーはにじんだ視界を拭った。自分のことはすぐに受け入れられるようになったヤニックだったが、朝市には行きたくないと言った。彼の母親へ家を買い、彼女が再婚相手と郊外へ住むようになるまで、決して団地へ行こうとはしなかった。免許証を取る時も、南にある街の自動車学校まで通っていた。
「今でも、夜中にうなされることがある。同世代の男達が集団で歩いているだけで、怯える。君はどうか知らないけど、クラブの連中は、ヤニックに死にたくなるくらいの恐怖を与えておいて、彼の人生を壊したくせに、とっくに忘れてるんだ」
 興奮していたロビーだが、うな垂れたティムを見て、少し語調を抑えた。彼だけを責めるのも間違えている。自分もあの時、ヤニックのサインを見落としていた。自分のことばかり考えていた。
「ティム、君がゲイだろうがバイだろうが、どっちでもいいけど、妊娠させたなら、彼女と生まれてくる子にはちゃんと責任を取れよ」
 ロビーが立ち上がると、ティムは少しうるんだ瞳を上げた。
「ブーケのこと、ヤニックには伝える。だけど、依頼主を伏せることはできない。彼は受け取る相手のことを考えながら、一つずつ手作りするから……」
 憂うつな気分だった。ロビーは家に帰ると、さっそくヤニックを部屋へ呼んだ。

 郵便受けに届いたカードを見て、ロビーは少し緊張した。三ヶ月前、ヤニックへティムからの依頼を伝えた。彼はブライダルブーケの仕事を引き受けると言い、何度も泣きながら、プリザーブドフラワーでホワイトとイエローの美しいブーケを作り上げ、ロビーがそれを彼の家へ郵送した。

番外編3 番外編5

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