あおにしずむ 番外編3 | ナノ





あおにしずむ 番外編3

 玄関扉前に立ったロビーは漂ってくる甘い香りに小さく息を吐いた。靴の裏についた土を払ってから、中へ入る。外の光がまぶし過ぎたのか、廊下は薄暗く感じた。キッチンをのぞく前に、汗で濡れた不快なシャツを脱ぎ、Tシャツも洗濯機へ投げ込む。
 今年の春から、午前中だけ人を雇っていた。来年からはフローリストを目指す子を何人か研修生として受け入れる予定だ。高齢の祖母が、杖なしでは歩けなくなり、いつまでも今の人数で営むのは難しいと判断した。
 ヤニックは彼自身の仕事をこなしながら、祖母のそばについてくれている。今、二人はおそらく午後の休憩用にお菓子を焼いているのだろう。手を洗ってから、廊下へ出ると、ちょうど電話が鳴った。
「俺が出るよ」
 キッチンから出てきたヤニックに声をかけると、彼は笑みを見せて戻っていった。リビングに入って左にある円形のサイドボードから子機を取り上げる。
「はい、ベイダーソン園芸農園です」
 サイドボードの上に、壁掛けカレンダーがあった。ロビーは指先で今日の日付を押さえて、滑らせながら、翌月へとめくる。再来週、由貴達がわざわざこちらへ来てくれる。庭でバーベキューをする予定だ。
 ヤニックは由貴と二年前に仕事をしてから、急速に仲よくなり、今では親友と呼んでいる。彼はこの国の言葉が分からなかったが、ロビーや彼の上司であり恋人であるアランの通訳なしで、ヤニックと話したいと言い、言葉を習得した。
 頻繁に互いの国を行き来できないが、電話はいつでもできる。ヤニックの話によれば、由貴は毎日アランとこの国の言葉で話をして、一年で驚くほど話せるようになっていた。それがヤニックと話したいという願いから始めたことだったので、ヤニックがどれほど感激したかは言葉では表せない。それからというもの、一ヶ月に一回は電話があり、半年に一回は会うようになった。
「もしもし? ベイダーソン園芸農園ですが……?」
 ロビーが呼びかけると、相手はようやく硬い声を出した。
「ロビーか?」
 ロビーは思わず、リビングからキッチンをのぞいた。ヤニックがオーブンを見ながら、祖母と話をしている。温室のほうへ進んだ。押し殺すような声で相手を確認する。
「ティム?」
「あぁ……」
 会うことはできないか、と聞かれ、ロビーははっきりと「ヤニックとは会わせない」と言った。すると、ティムはヤニックではなく、自分と会いたいと言う。ロビーは待ち合わせ場所を聞き、部屋へ入った。新しいTシャツを着て、キッチンへ顔を出す。
「どうしたの? 誰から?」
 祖母手作りのハリネズミのワッペンがついているオーブンミトンをはめたヤニックが、できたてのブラウニーをテーブルへ置いた。
「ちょっと仕事の打ち合わせに行ってくる。新しい苗のことで、ジョンに呼ばれたから」
「えー」
 祖母と一緒にブラウニーの焼け具合を確かめていたヤニックが、不満そうな声を漏らした。
「せっかく焼き立てができたのに」
 ヤニックは一瞬だけ頬を膨らませる。仕事に怒っているのではなく、一緒に食べられないことを悲しんでいるのはよく分かった。ロビーは少しかがんで、彼の頬へキスをする。
「先に食べてていいから」
「焼き立てがおいしいのに」
「君が作ったものだから、おいしいんだよ。帰ったら、食べるから、一口置いておいてね」
 そっと抱き締めて、もう一度キスをすると、ヤニックは頬を染めていた。いつまでたっても照れている彼は可愛らしい。思わずもう一度、抱き締めて、そのままベッドへ運びたくなるが、祖母の瞳が、「仕事ならささっと行け」と告げているため、名残惜しいが、体を離した。


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