meteor 番外編1
由貴は市立博物館の特別展示場へ来ていた。パンフレットを片手に目当てのデザイナーのブースへ近づく。由貴が大学を卒業した年、隣国で話題になっていたフラワーデザイナーがいた。今日はその彼がブースまで来ているらしく、人が多い。
ロトの田舎から車を三時間も走らせて来たのだから、絶対にコネクションを作ろうと意気込んだものの、実際に隣国の言葉だらけの周囲にいると気が引けてくる。由貴は大学の第三言語の選択を誤ったと後悔しながら、英語で話しかけてみた。
由貴の目当ての人物はヤニック・コルローという名前の小柄なフラワーデザイナーだ。目の前に立ってみると、自分と同じくらいで思わず親近感がわく。それは向こうも同じのようで、彼は突然、現れたアジア人に目を丸くしながらも、ほほ笑んでくれた。言葉が通じていると思い込み、由貴はそのまま英語で続けた。鞄の中から、由貴が衝撃を受けた雑誌の、とあるページを取り出す。
ヤニック・コルローは駆け出しのフラワーデザイナーだが、このアパレルファッション業界で知らない人間などいない。新店舗をオープンさせる時や、レセプション、パーティー、あらゆるシーンで花は必要になる。彼へ仕事を依頼したい人間が多いにもかかわらず、彼自身が仕事を選んでおり、なかなかコネクションを作ることができない。人の集まるところへあまり出てこないことでも知られている。だから、皆こぞってこの機会をものにしようとしていた。
「あの、それで、このあなたの作品を見た瞬間……」
由貴がふと視線を上げると、彼はブラウンの瞳に困惑の色を浮かべている。英語はやはり通じていないのかもしれないと思った時、彼が由貴の手を引いた。どこに連れていかれるのだろう。だが、あそこは人が多いため、ちょうどいい。彼は控室のような場所まで行くと、中へ入り、椅子を差し出した。それから、携帯電話でどこかへ連絡している。
由貴は言葉が通じないと分かったものの、雑誌に掲載されている彼の作品をさして、短い言葉で自分の感動を伝えた。彼は少し首を傾げていたが、簡単な英語であれば分かるらしく、にっこりと笑って彼の国の言葉で感謝を告げてくる。あまりにも表舞台に出てこないため、人嫌いとさえ噂されていたが、それはただの噂だろう。彼の笑顔を見れば、人懐こい性格であることは一目瞭然だった。
しばらくすると、扉が開き、背の高い男性が入ってくる。天然パーマでブロンドの彼は二人で母国語を使い、会話した後、握手を求めてきた。
「すみません。ヤニックは英語が分からないので、俺が通訳します。ロビー・ベイダーソンです。よろしくお願いします」
由貴はパイプ椅子から立ち上がり、渡し忘れていた名刺を取り出す。
「日本人？」
「はい。今はこの国でアパレル関連の仕事をしています。この、『青に沈む』という作品を見た時、大学を出たばかりだったんですけど、すごく、心を揺さぶられました。僕は日本から逃げるように、この国へ来て、自分は変わることができないんだと思い知ったんです。でも、それでもいいと受け入れることができた。いつか、ヤニック、あなたと仕事がしたいと思っていました」
由貴が言葉をロビーへ伝えると、彼はヤニックへ通訳してくれた。ヤニックはほほ笑んで、ロビーへ言葉を返す。
「どんな仕事をしたいと考えていますか？」
「そうですね……僕としては若い世代から上の世代まで着られるようなTシャツ、そこにあなたのデザインする花が添えられれば」
由貴はイメージを描くように一度、目を閉じる。
「当社はペットボトルをリサイクルして衣服へ変えているので、派手なものではなくて、質素な感じにして、でも、その中に高級感は欲しいですね」
アランのモットーである低コストだがセンスは一流を思い出し、言葉を続けた。よくよく考えれば、かなり強欲なことを言っている。ヤニックのセンスに乗っかろうという魂胆がすけて見えるようだ。だが、彼は終始、穏やかで、由貴の話を聞いた後、ロビーへ向かって頷いた。
「ヤニックはそのコラボレーションは面白いと言ってます。名刺、渡しておくので連絡くれますか？ 土曜の昼なら電話に出られると思います」
名刺を受け取った瞬間、由貴は感激してヤニックへ抱きついた。
「ありがとう！ 僕の初めての仕事なんだ。一緒に仕事ができて、すごく嬉しい」
突然の抱擁にヤニックは驚いていたが、ロビーが通訳すると、表情を緩ませ、抱き締め返してくれた。博物館を出た後、すぐにアランへ連絡を入れる。
「よくやったな。ボーナスはベッドの上で弾んでやるから、早く帰ってこい」
由貴は頬を染めて、駐車場へ向かった。ハンドルを握った時、薬指の指輪が光る。そういえば、あの二人も指輪をしていた。一瞬、同じデザインではなかっただろうかと考えたが、アランが待っていることを思い出し、ギアを入れた。
由貴の初仕事が大成功をおさめるのは、それから一年後の話になる。 |