あおにしずむ 番外編1 | ナノ





あおにしずむ 番外編1

 陽だまりが動くのを目の端にとらえて、ロビーは本から視線を上げた。クッションの背もたれを少し動かして、床の上にそのまま置いていた紅茶へ手を伸ばす。なるべく体は動かさない。自分の胸に頭をあずけて、股の間で眠っている愛しい人を起こしたくないからだ。
 そっとサイドの髪をなでると、ヤニックの体がかすかに揺れた。だが、眠りは深いらしい。小さな寝息が聞こえてくる。
 最近は日曜もアトリエにこもっていたことを思い出す。フラワーデザイナーの資格を取り、他に役立つであろう資格を次々に取得したヤニックは、今や新人フラワーデザイナーとして名を知られるようになった。だが、引き受ける仕事は最小限にして、午前中はいつも農園の仕事を手伝ってくれる。
 寝顔をのぞき込むと、幼い子どもみたいに見えた。彼と暮らしてもう八年なのか、まだ八年なのか、どちらがより的確な表現だろう。初めてのコンテストの後の出来事が昨日のことのように思い出された。

 いつものように眠ろうとしてベッドへ入ると、眠っていると思っていたヤニックが勢いよく起き上がった。
「わっ。ヤニック? 起きてたの?」
 ロビーは照明をもう一度、つける。泣いているヤニックが赤くなったまぶたを擦った。ロビーは慌てて、彼を抱き締める。また悪夢を見たのかと心が痛んだ。
「あなたは、自然に、って言うけど、きっとずっと待ってくれるって、分かってるけど、俺は……ロビー、俺の体もちゃんとあなたのものにして」
 ヤニックのブラウンの瞳が大きく揺れる。急ぐのはよくないと考えていたが、彼は不安を感じている。この言葉を吐かせるまで、また一人で悩んでいたに違いない。
 ロビーは喉を鳴らした。自分だって、男だ。性欲は人並みにある。彼のことを愛しているから、耐えてきた。ここで、まだ早いと退いたら、ヤニックにまた不安を与える。ロビーはそっとキスをした。
 受け入れるほうに負担が大きいことは知っている。ロビーは早くから自分がゲイだと自覚して、祖父について都市部へ出た時やインターネットで知識を蓄えた。運転免許を取った年、一人で遠出して、そういう人達が集まる場所で実践的な知識も得た。
 ロビーはヤニックのことが好きだった。それはもうずいぶん長い間だ。いつか、彼に好きになったきっかけを話すと言ったが、話すことが尽きる日はなく、結局、その話はしていない。だが、おそらく祖母から何か聞いているはずだ。自分が彼に恋した瞬間、彼女はその場にいたのだから。

 朝市の手伝いで母の日のカーネーションをフィルムに包んでいると、自分より背の小さな子が拳を握り締めてやって来た。ライトブラウンの髪がまっすぐ伸びていて、ロビーは羨ましいと思う。
 祖母の前まで行く勇気がないのか、背の小さな子はカーネーションの前をうろうろしていた。
「いらっしゃい。お母さんにカーネーションかしら?」
 気づいた祖母が声をかけると、頷いた。
「でも、こんなにたくさん買うお金なくて……一つだけ買っちゃいけませんか?」
「もちろん、一輪だけでもいいのよ」
 祖母が手渡す前に一輪だけのカーネーションを優しい色のフィルムで包む。リボンまでおまけした。
「わぁ、きれい。ありがとう」
 にっこりと笑った後、その子は代金を渡して駆けていった。
「お母さんにあげるなんて優しい子ね」
「俺、ああいう可愛くて優しい子と一緒になりたい」
 ロビーが作業する手を止めると祖母が笑った。
「あら、じゃあ、あなたが大きくなるまでに、同性婚が認められるようになればいいわね」
 同性婚の意味が分からず、眉を寄せると、祖母が言った。
「ロビー、あの子は男の子よ。あなたが男の子と結婚したいなら、法律が追いついてくれないとね」

48 番外編2

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