あおにしずむ48 | ナノ





あおにしずむ48

 どんな色に変化しても本質は変わらない。流されずに、自分を大事にすること。ヤニックは一度目を閉じて、自分の描いたデッサンへ視線を落とす。必要な草花は右手側に置かれ、生の花のため、水に生けられていた。今朝、採取されたものだろう。フィルムやリボンはテーブルの左手側にある。ハサミなどの道具とともに、白いスチール製の板もある。板にはヤニックの作品のタイトルが印字されていた。
 花同士がケンカしないよう、使う花は考え抜いていた。周囲が大きなブーケを作ろうと、ホワイトやピンク、イエローといった派手な花を用意する中、ヤニックが選んだのは青い花だった。ヤグルマソウをメインにもってくるのはインパクトが少ないから、その分、メッセージ性を込める。花束を作りながら、これを受け取る人間のことを思った。過去から逃れたくても、逃れられない。決別したいのに、できない。
 ヤニックはもう逃げなくていいことを知っていた。分かり合えなかった人達と決別する必要もない。どんな色に染まっても、どんな自分でも受け入れてくれる人がいる。
 フィルムはミッドナイトブルーにしていた。メインとなるヤグルマソウのブルーはムラサキに近い色だが、にじんだ青に見える。ヤグルマソウの周囲にカスミソウを入れる。ミッドナイトブルーのフィルムにカスミソウが星のように散らばった。手前に淡いブルーのワスレナグサを一房だけ添える。リボンはホワイトにブルーの線が入ったデザインで、ヤニックは器用にそれを結んだ。
 制限時間内に完成させ、タイトルの印字された板とともにテーブル横の作品台へ飾る。ロビーが腕を引いた。彼は泣いていた。祖母が笑みを浮かべて頷いている。ヤニックはロビーの腕の中で彼の胸に耳を押し当てて甘えたい気分だったが、会場内のため我慢した。
「少しだけ、外に行こう」
 ロビーと一緒に建物の裏へ行き、そこで抱擁した。
「すごく素敵なブーケだよ。華やかさはないけれど、見る人の心に深く残る」
 ロビーが耳元でそうささやいて、キスをくれる。ヤニックは少し震えていた。作っている間は夢中だったが、今になって緊張してきた。
「青だけで、あれだけの表現ができるのは、やっぱり君のセンスがいいからだ」
 ロビーは触れるだけのキスを繰り返す。
「俺」
「うん」
「挑戦してよかった……あのブーケ、自分に贈りたいと思いながら作ったんだ」
 涙を拭って、ヤニックはロビーへほほ笑んだ。
「本質は変わらないって、あなたが言ってくれたから。いつも、どんな俺でも受け入れてくれるから」
 ヤニックは背伸びをして、ロビーのくちびるへキスをした。一度離して、もう一度キスをする。自然と開いたくちびるの間で互いの舌が触れ合った。

 裏庭から続く森の奥に川があるとは知らなかった。自分達だけしかいないと分かっているため、下着一枚で中へ入って泳ぐ。プールよりも冷たい水が心地いい。雨の後は増水して危ないが、真夏日の続いている今日は、絶好の日だった。泳いだ後、家でシャワーを浴びて涼んだ。祖母は出かけている。
 ヤニックはベッドに寝転びながら、うとうととしていた。アイスティーを運んできたロビーの足音で目を開く。一口飲むと、その冷たさに目が覚めた。彼は笑って、ベッドに座る。キスを受けながら、ゆっくりと、確実に彼を受け入れる体勢になる自分に、ヤニックは笑った。今なら分かる。週二、三回は最低回数だ。
 セックスは痛いものだというヤニックの考えを、ロビーは覆した。初めて彼を受け入れようと思ったのはコンテストから一週間後の夜だった。彼は時間をかけて、アナルを解し、一度目は挿入できず、その日から三日間続けた。アナルを解すだけではなく、彼は勃起しないヤニックのペニスも触ってくれた。
 熱くなったペニス同士が触れ合った。ロビーがキスをしながら、右手の指でアナルを探る。セックスの時は言葉の代わりに目だけで会話していた。入れるタイミングも射精する瞬間も、互いの目を見つめる。
「ロビー」
 コンドームを外してゴミ箱へ入れたロビーが振り返る。泣いているヤニックを見て、彼は慌てた。
「どうしたの? 痛かった?」
 ヤニックは泣きながら笑って、否定する。ロビーの腕の中へ抱き寄せられ、ヤニックは彼を見上げた。
「幸せにしてくれて、ありがとう」
 ブロンドの瞳が輝く。
「こちらこそ、ありがとう」
 ロビーはそう言って、額にキスを落としてくれた。
 
 リビングの暖炉の上には額に飾られた賞状がある。温室のテーブルには切り抜かれた記事がアクリル板に挟まれて並んでいた。最年少、ベイダーソンの弟子、ずば抜けた色彩センス、という言葉が踊っている。
 撮影された青いブーケは美しい青の重なりを見せている。そこには、ヤニック・コルローというフローリストの名前と、「青に沈む」という作品名が記載されていた。



【終】

47 番外編1(本編から8年後くらい/ロビー視点)

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