あおにしずむ45 | ナノ





あおにしずむ45

「ばあちゃん、拾ったら、こっち戻ってくるから」
「三日分くらいでいい?」
 泊まりにいく感覚で聞くと、ロビーが笑った。
「今のところは。どうせ今週末、君はうちに引っ越すんだから。じゃあ、後で!」
 引っ越しの話をした覚えはなかったが、ひとまずロビーの車を見送った後、ヤニックは階段を上って、家へと入った。母親がすぐに来てくれる。
「昨日より、ひどい顔になってるわ」
「アザだから大丈夫」
 リュックサックを足元へ置くと、母親がそっと抱き締めて、キスをした。
「ただいま」
「おかえりなさい。何か食べる?」
 ヤニックが首を横に振ると、彼女はアイスティーをグラスへ注いだ。
「まだロビーのおばあちゃんには聞いてないけど、俺、ロビーのところで住み込みで働くことにした」
 アイスティーを一口飲んで、彼女の向かいに腰を下ろすと、彼女は頷く。
「分かってるわ。休暇中、ロビーが何度もうちに来たのよ」
「え?」
「あんたのことを雇いたいって話から始まって、もし、学校を辞めても、正式に雇用するからなんて話を何度もしてね。私、うちのヤニックは学校を辞めたいなんて一言も言ってないのに、そんな話で誑かさないでって怒ってたのよ」
 その後、ロビーの祖母とも電話で話をして、イースターの朝市で生き生きと働くヤニックを見た母親は、自身の考えが誤っているかもしれないと思ったらしい。
「あんたが何を抱え込んでたか、全然分からなくて、反抗期なんだって決めつけてたわ。本当にごめんね。今日、学校へ行って、退学届をもらってきたから。学校へは私が提出しておく」
 ヤニックはテーブルの上の書類に視線を落とし、迷うことなく署名した。ロビーや彼の祖母が母親にそういう話をしていたことは知らなかった。だが、二人の心づかいはとても嬉しい。
「あんたが引っ越したら、寂しくなるけど、でも、よく考えたら車でたった十五分の距離よね」
 彼女はそう言って笑いながら、涙を拭った。
「母さん、俺、まだ分からないけど、いつか有名なフラワーデザイナーになったら、母さんのために家を建てるよ。毎週、きれいな花を届けてあげる」
 彼女が大きく腕を広げたので、ヤニックは立ち上がって抱き締めにいった。
「自分の夢と幸せを追いなさい。私にはクリストファーがいるから、大丈夫」
 耳元でささやかれた言葉に、ヤニックは顔を上げた。
「本当? クリストファーと一緒になるの?」
 頷いた彼女をヤニックは祝福した。以前なら、彼女とその恋人の関係については、どうでもいいと思っていた。だが、今は違う。自分の周囲にいる大切な人達には皆、幸せでいて欲しいと思った。

 今週末にまた荷物を取りにくる話をして、ロビーと彼の祖母が母親へあいさつを済ませた。車に乗り込むと、祖母が振り返る。後部座席に座っていたヤニックが首を傾げると、彼女はヤニックの体調を心配する言葉を吐いた。
「大丈夫です。頭ももう痛くないです」
 母親と最後まで話していたロビーが、運転席に座った。ヤニックは窓を開けて、手を振る。農園に帰るまでの間、ヤニックは祖母に今日、描いたデッサンの話をした。明日、いくつか見て欲しいと頼むと、彼女は笑って頷いてくれる。
 家に帰り、夕食を終えた後、ロビーが後頭部を確認してくれた。
「シャワーはまだやめたほうがいいね」
「くさくない?」
「大丈夫」
 ロビーは笑って、ソファに座り、雑誌へ目を落とし始める。ヤニックは部屋を出て、リビングに座り、テレビを見ていた祖母から紅茶をもらった。
「俺、本当にここに住んで、働いていいんですか?」
 彼女はにっこりと笑う。椅子を引いた彼女に促されて座ると、彼女が静かに言った。
「草花を買う人達は二種類しかいないわ。心にゆとりのある人と、ない人よ。でも、草花を育てる人は前者でなければならない。私はあなたがとても思いやり深い子だって、ずっと前から知ってるの」
 意味深に笑った彼女は、そのことについてはそれ以上何も言わず、クッキーをのせた皿をヤニックへ渡した。

44 46

main
top


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -