あおにしずむ44 | ナノ





あおにしずむ44

 ヤニックはテーブルの上の一輪ざしを寝転びながら見つめた。トゲのないバラはバラではないように見えるが、やはりバラだった。ロビーがどうして、ここへ飾っているのか分かり、胸が切なくなる。ヤニックが学校中の連中の相手をしていたとしても、ヤニックの本質は変わらないと言っていた。
 ロビーは何も聞かないし、何も言わない。責めているわけではなく、受け入れてくれているのだ。どこまでも彼は優しい。誰かにここへいることが逃げだと非難されても、ヤニックは構わないと思った。自分が大切に思う人達が、自分のことを受け入れてくれるなら、非難も中傷もいくらでも耐えられる。
 一度は目を閉じたが、ヤニックはまぶたの裏に浮かんだ青に目を開けた。土手で見つめていた空、リンドウの植木鉢、ロビーと農園内を散歩した時に見た景色が色の洪水を起こす。
 ヤニックはベッドから出ると、スリッパを引っかけてアトリエへ向かった。ロビーの祖母がいると思っていたが、彼女はそこにもいなかった。ヤニックは彼女からもらっていたスケッチブック帳を開いて、テーブルの上にある色鉛筆を使い、ブーケのイメージを描き始める。
 絵はうまくない。だが、どうしても自分の中にあるイメージをきちんと形にしたかった。ヤニックはアトリエの本棚から草花の本を引っ張り出して、どの花をどんなふうに使うのか書き込んでは、新しいページへわき上がるイメージを描いた。
 夕方になり、玄関から名前を呼ばれて、ヤニックはスケッチブックから顔を上げた。
「ロビー、ここだよ!」
 アトリエから手を挙げて、振っていると、ロビーが安堵の表情を浮かべる。
「寝てるかと思ってた。勉強中?」
 頷いて、デッサンしていたことを告げると、ロビーの瞳が輝く。
「見せないよ、恥ずかしいから」
 見せて欲しい、と言われる前に言うと、ロビーが苦笑する。
「はーい。でも、アドバイスが必要なら、いつでも相談して」
 ロビーはそう言って、「シャワー浴びてくる」と踵を返す。だが、すぐに振り返り、ヤニックの頭から足元のスリッパまでを何度も見つめた。
「どうしたの?」
 ヤニックが尋ねると、ロビーは頬を緩ませる。
「君はトゲのないバラだけど……」
 ロビーは大きな手を口に当てる。恥じらいを隠しているように見えた。
「後で君の服を取りに行こう。その足、俺にとっては目の毒だよ」
 ヤニックは視線を落とす。下着ははいているが、ロビーの大きなシャツとスリッパ以外は下には何も身につけていない。ところどころ、青アザになっている足を見て、自分では何も感じなかった。だが、スカートみたいだと思ったことを思い出して、彼の言葉の意味を理解した。今度はヤニックが恥ずかしさから耳まで赤くなる。
 ロビーがバスルームに入ってから、ヤニックは急いで部屋へ行き、下にはくものを探した。一昨日、全部持ち帰った気がするが、昨日はここで衣服を替えたのだから、どこかにジーンズがあるはずだ。
 乾燥機は確かバスルームの隣だと思い、廊下を抜けて、洗濯機と乾燥機のある部屋の扉を開けた。乾燥機から取り出され、干されている洗濯物の中から、ようやくジーンズを見つける。それを身につけて、廊下へ出ると、バスタオルを巻いただけのロビーがいた。ヤニックがまだアトリエにいると思っていたようで、一瞬だけ目を見開いた後、笑みを浮かべる。
「ヤニック、そういう新鮮な照れ方をされたら、俺もすごく意識するから、もっと自然にいこうよ」
 ロビーの言うことはもっともだった。男の体なんて見飽きている。それなのに、ヤニックは彼の体を直視できなかった。頷いたものの、まだ視線を落としていると、彼の指先が髪をわしゃわしゃとかき混ぜた。
「ばあちゃんのこと、駅に迎えにいくから、その後、家に寄ろう。着替えてくる」
 ロビーが去ってから、ヤニックはようやく視線を上げた。キッチンへ行き、冷蔵庫を開けてみると、フルーツヨーグルトが入っている。一つだけ手にしてその場で食べた。甘酸っぱい味が口の中に広がった。

 車の中から母親へ電話すると、今日は休みだから家にいると言われた。昨日、学校を辞めたいとヤニックの口から聞いて、彼女はさっそく学校へ行ってきたようだ。ロビーにそのことを告げると、彼は団地の前の道路で車を停めてくれた。

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