あおにしずむ42 | ナノ





あおにしずむ42

 家に着いてから、ロビーの祖母に出迎えられた。彼女は冷静に傷を手当てしてくれた。後頭部は腫れて、出血していたため、清潔な布を当てられ、ベッドへ寝かされた。吐き気はないか、寒くはないか、と聞かれ、首を横に振る。冷静な動きとは逆に、彼女はずっと泣いていた。まるで本当の孫が傷ついたと言わんばかりで、ヤニックはその心づかいに感謝した。
 母親へ連絡を入れてくれたロビーは、椅子を持ってきて、ベッドに横たわっているヤニックのそばへ座った。そっと手を握ってくれる。瞳を見れば、彼がどんなに深く、優しく、自分を思っているのか分かった。
「ロビー」
「うん」
 名前を呼ぶと、ロビーは嬉しそうに笑って頷く。こんな時に言うのはもったいない気がしたが、どうしても伝えておきたかった。
「俺、あなたのこと、好きだよ」
 いつかと同じように伝えた。だが、いつかとは違う。自分の持っている感情は、ロビーの持っているものと同じだ。ロビーは否定せず、小さく頷いた。頷いた時に、瞳から頬に涙が落ちた。
「俺も、君のこと、好きだよ」
 椅子から腰を浮かせて、ロビーは涙を拭わずにヤニックの頬にキスをした。殴られた箇所が腫れているため、本当にかすめる程度のキスだった。ヤニックは左手に温もりを感じながら、目を閉じる。鎮痛剤を飲んでいたからか、すぐに眠ることができた。

 名前を呼ばれた気がして、目を開くと、母親が泣いていた。彼女を泣かせてばかりの悪い息子だな、と思いながら、その髪に手を伸ばす。
「ヤニック」
 窓から見える空が暗いことから、すでに夜なのだと気づいた。
「ごめんね、母さん」
 代わりの店員がいなければ、すぐに抜けられる仕事ではない。いくら息子のためとはいえ、抜けたらクビになるかもしれない。迷惑ばかりかけていると思い、謝罪した。
「何、言ってるの。謝るのは私のほうでしょ……ロビーから少し聞いてたわ。だから、昨日、覚悟してた。学校、辞めたいって言うって思ってたの」
 ヤニックは母親の髪に触れていた手を、彼女の手へ重ねた。
「……辞めないよ」
 辞めると言うと思っていた母親が怪訝そうな顔を見せる。ヤニックは顔を窓のほうへ向ける。
「父さんみたいになりたくない。ドロップアウトしたら、人生、負け続ける」
 最後のほうは涙声になってしまい、恥ずかしかったが、ヤニックは母親に顔向けできない人生だけは送りたくなかった。自分の父親のようになるのだけは避けたい。今日みたいに暴力を振るわれたら、と思うと、もう学校に行きたくない。だが、暴力との引き換えに卒業証書が手に入るなら、と考えた。自分のためだけではなく、彼女のためにも、卒業証書が必要だ。
「ヤニック」
 突然、母親が声を上げて泣き始めた。そして、謝罪の言葉を口にする。母子家庭だったから、世間体を気にしていた部分はある。ヤニックを一人前に育てられなかったら、やっぱり、と言われてしまう。ヤニックにもそれが分かるから、高校はきちんと卒業したいと思っている。だが、それは母親のエゴだ。彼女は何度も謝罪した。
「辞めたいなら、辞めていいのよ。こんなふうに暴力を受けて、どうして我慢して行かなきゃならないの? あんたはあいつみたいにならないわ。この休暇中だって、ちゃんと自分で稼いだじゃない。フローリストの道を選ぶなら、母さんは賛成よ」
 ヤニックは起き上がって、涙を拭った。本当はもうずっと前から行きたくない。辞めたら彼女が悲しむから、と言いわけを作っていただけだ。彼らに屈する自分が嫌だっただけだ。
「……母さん、俺、学校、辞めて、働く」
 かすれた声しか出なかった。とても小さな音だった。彼女は頷いて、そっと抱き締めてくれる。怖かった、と一言つぶやいて、彼女の腕の中で泣いた。母親の前で泣くのはこれきりにしようと思う。心配をかけたくなかった。
 明日、まずはロビーの祖母に頭を下げて、雇ってもらえるように話をしようと思う。見習いでも何でもいいから、ここへ置いてもらいたい。ロビーに彼を利用しているわけではないと伝えた上で、もう一度、彼へ気持ちを言おうと決めた。

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