あおにしずむ41
ティムの怒りの矛先はウェインであり、自分ではないことに気づき、ヤニックは目を開く。ウェインが笑いながら立ち上がり、ヤニックの頭を靴先で軽く蹴った。
「リーダー面すんなよ。その拳、どうしたの?」
自分では起き上がる力がなく、ヤニックからはティムがどこにいるのか見えない。ウェインが突然、クラブの連中のほうへ体を飛ばされた。左頬を押さえて体勢を立て直した彼が、いらいらとした口調で叫ぶ。
「いってぇーな! だいたい、誰が始めたんだよっ」
ティムの足がウェインを蹴り上げた。ウェインはまた体勢を崩して、ひざをつく。
「俺だ。だから、俺が終わらせる。おまえらも」
ティムはクラブの連中を見回した。
「誰がリーダーか分かってるだろう?」
ヤニックがかろうじて、上半身を起こすと、ちょうどティムがリュックサックを手にした。彼は無言のまま、ヤニックの左脇の下へ腕を入れて、支えてくれる。
「下、ちゃんとはけ」
ヤニックは痛む体に奥歯を噛み締めながら、下ろされていたジーンズを下着ごと上げた。歩くと視界がくらくらとする。ティムが助けてくれたという実感よりも、まだ恐怖が勝っており、校門の外まで出た瞬間、ヤニックは嗚咽を漏らした。
ティムは何も言わなかった。勝手にリュックサックの中から携帯電話を取り出し、短く一言を告げた後、また元へ戻す。ヤニックは歩道に座り込んでいた。自分のひざの上に腕を組んで顔をうつむけていたため、ティムが隣に座り、肩を抱こうとしてやめたことも、苦しそうな表情をしたことも知らない。
二十分も経たないうちにエンジン音が近づいてきた。ヤニックが顔を上げると、ティムがフェンスに体をあずけているのが見える。その向こうにはロビーのトラックが見えた。どんどん近づいてきて、ほんの数メートル前で停車する。
「ヤニック!」
座り込んでいたヤニックの姿を見て、ロビーは瞳をうるませた。体中が痛いのに、彼に抱き締められると安堵して、その痛みにすら耐えられる。ヤニックはまた新しい涙をこぼして、彼の背中へ腕を回した。
「もう大丈夫だよ。よく頑張った。大丈夫」
ロビーの声にヤニックは強張っていた体から力を抜いた。嗚咽もしだいにおさまっていく。彼の手が後頭部に触れた時、痛みを感じた。たんこぶでもできているのだろう。ヤニックはむしょうに彼の家へ帰りたくなった。
「誰がやった?」
初めて聞く冷たいロビーの声に、ヤニックは立ち上がって振り返る。彼はティムを睨んでいた。ティムは肩をすくめる。
「さぁ」
ティムがとぼけた瞬間、ロビーはティムのことを殴った。上背がある分、ロビーの殴打は重いらしく、ティムはそのまま横倒れになる。まだ殴ろうとしたロビーに、ヤニックは声を上げた。どういう理由であっても、好きな人が暴力を振るうところを見たくない。彼はすぐに理解して謝る。それから、リュックサックを持ってくれた。ティムは起き上がると、鼻で笑った。
「ロビー」
ティムに呼び止められたロビーが彼を見る。ヤニックも振り返った。
「俺のお下がり、お気に召すといいが……」
ヤニックはその一言に凍りついた。お下がりの意味が分からないほど、馬鹿ではない。ロビーにも今の言葉でヤニックがバックバージンを奪われていることは伝わっている。
ヤニックは隣で拳を握り締めて震えているロビーを見上げることができなかった。彼が怒っているのは一目瞭然だ。ティムはそっぽを向いていて、こちらを見ない。ロビーに嫌われる、軽蔑される、という恐怖から、ヤニックはその場に倒れそうになった。倒れなかったのは、拳を握っていたロビーが支えてくれたからだ。彼の体の熱が伝わってくる。
「ティム、俺はたとえヤニックが学校中の連中と寝てても、彼のことを愛するよ。彼の本質は変わらない」
ロビーの言葉に、目が熱くなる。ヤニックはくちびるを噛み締めた。こらえても、こらえても涙があふれる。
「帰ろう」
優しく言われ、ヤニックはただ何度も頷いた。 |