あおにしずむ40 | ナノ





あおにしずむ40

 昨日は遅くなる前に家まで送ってもらった。帰り際にロビーの祖母から、休暇中のアルバイト代を手渡された。中身を見たのは帰ってからで、ヤニックはロビーから返してもらった携帯電話を充電しながら、彼に電話をかけた。遊んでいたようなものなのに、報酬はずいぶん多かった。
 うまく丸め込まれてしまい、電話を切ったヤニックは、届いていたメールの差出人を確認してから、すべて開封せずに削除した。ロビーがわざわざ電源を切ってまで、引き出しの中に置いていたのには理由がある。彼はおそらく母親の電話番号を見る際にメールを見たのだろう。
 あのキスの後から、少しぎこちない雰囲気になっていたが、ロビーの優しさは変わらない。何かあったらいつでも駆けつけると言ってくれた。ヤニックは校門の前で一度、立ち止まる。母親は何かを待っているように見えたが、何かは分からなかった。学校へ行くと言えば、ただ、「行くの?」と確認されただけだ。
 ロッカーへたどり着くまでに、浴びせられる視線によって、ヤニックは気おくれしていた。もう帰りたい、と思う心を叱咤しながら、ロッカーの前に立つ。暗証番号は母親の誕生日に変えた。中は開けられてはいない。扉へ貼られているルーズリーフには稚拙なイラストが描かれていた。
 ただのイラストなのに、過剰反応だ、とヤニックは笑った。だが、笑ったつもりだっただけで、実際には泣いていた。イラストの上には、「休み中、どうして電話に出なかった?」と書いてある。足の間から血を流しているキャラクターが、「生理中だったの」と泣きながらこたえている。
 ヤニックが手を伸ばして、ルーズリーフをはがそうとした時、ロッカーを思いきり叩く音が響いた。ウェインの左拳が、ルーズリーフを押さえている。ヤニックは彼を見上げた。
「もう来ないかと思った」
 卑猥な笑みを浮かべたウェインが、ヤニックの背後へ目配せする。それに気づいて、うしろを振り返った。
「生理、終わった?」
 振り返った先にいたサッカークラブの連中が、間合いを詰めてくる。じっとりと汗ばんだ手を握り締めて、ヤニックは助けを呼ぼうと周囲を見たが、誰もこちらを見ていない。廊下は教師も行き来しているのに、落第した生徒を気にかけてはくれない。
「今日はオリエンテーションだけだな」
 そう言って、ウェインがヤニックの肩を抱く。歩き出した方角に、ヤニックは首を横に振った。言葉が出てこない。代わりに呼吸が乱れた。足を止めても引きずられる。赤い扉の前まで来た時、ヤニックはどうしてあの農園から出てきたのかと深く後悔した。学校なんて辞めればよかったと泣きながら思った。中へ連れられ、吐き気をこらえていると、リュックサックを奪われて、体を押し倒される。
 暴れると腹を殴られた。それでも、ヤニックは出てこない言葉を訴えるように、体を動かして抵抗した。恐怖からパニックを起こしていて、実際には抵抗と呼べるほど強いものではなかったが、しびれを切らしたウェインが顔を殴るまで、ヤニックは必死に手足をばたつかせた。
 ウェインからの暴力は執拗だった。彼は拳でヤニックの頬を殴った後、髪をつかんで、頭をそのまま床へぶつけた。ヤニックが動かなくなると、鼻や口からあふれた血で汚れたシャツをめくり上げる。ヤニックは虚ろな瞳で天井を見ていた。ジーンズが下ろされていく。
 また好きでもない人間達に好きなようにされてしまう。新しい涙が流れた。同じ痛みならロビーから与えて欲しかった。そうすれば、こんなに怖くなかったはずだ。ロビーとはディープキスもできないのに、彼らとはセックスする。
 嫌だ、と叫んでも体すら動かない。埋められていくような気持ちになった。光が必要だと言っても、上からどんどん土をかけられて、その暗さと重みに潰されていく。意識だけでも逃避させようと、ヤニックが目を閉じた瞬間、鍵がかかっているはずの扉が開いた。
「あー、ティム」
 ウェインの間の抜けた声がする。ロビーではないことは分かっていたから、ヤニックは目を開けなかった。ここへティムが来ても、それが助けではないことは明確だ。だが、ヤニックの予想に反して、ティムは冷めた声で言った。
「ウェイン、誰がヤニックを好きにしていいって言った?」

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