あおにしずむ39 | ナノ





あおにしずむ39

 テーブルにあった鉢に植えられている花をさして言うと、彼女は笑う。
「それはプリムラポリアンサよ。知識は必要だけど、知識がすべてじゃないわ。そして、知識は学べるけれど、感性は育てなければいけない。あなたの十六年分の感性は、どういうものか、ぜひ見せてちょうだい」
 ヤニックは瞳を輝かせた祖母を見て、心が震えた。祖父を亡くしてから、気を落としていた彼女が、こんなに瞳を輝かせている。フラワーデザインやアレンジメントに興味がないわけではなかった。挑戦するだけなら、自分にもできる気がする。
「……やってみようかな」
 小さな声だったが、彼女には聞こえたらしい。満面の笑みを浮かべ、テーブルを横切るとヤニックに抱きついた。
「素晴らしいことだわ」
 彼女はそう言って、ヤニックのことをずっと抱き締めてくれた。感情の高ぶりが落ち着いた後、二人で応募要項をよく読んだ。フラワーアレンジメントだけではなく、空間デザイン、ブーケ、ブライダル、プリザードの部門に分かれている。一次選考となるデッサンの提出は五月中旬の締切だ。
「俺、あんまり絵とか描かないけど、間に合いますか?」
「イメージさえあればすぐに描けるわ。それにデッサンは元となるものっていうだけで、絵のうまいへたは関係ないの」
 どの部門に応募するにしても、やはりそれなりの知識は必要と思えた。ヤニックはゆくゆくは空間デザインをしてみたいと思い描いたが、今は手の出しやすそうなブーケの部門を選ぶことにした。
 朝市から帰ったロビーへさっそくコンテストのことを話すと、彼はまるでもう優勝したかのように喜んでくれた。
「何かに挑戦するのはいいことだよ」
 大げさだと言えば、ロビーは笑って、抱き締めてくれる。ヤニックは母親の元へ帰るのが嫌ではなかったが、ずっとここにいたいという気持ちはどんどん大きくなるばかりだった。
 
 唯一の休みである日曜の時間を潰してまで、ロビーはヤニックのためにこの時期から六月にかけて咲く草花を教えてくれた。農園にない草花は図鑑や雑誌から情報を得た。目の前が色であふれていくが、ヤニックの心に残った色は農園を歩いた時に見た空の青と彼が最初に贈ってくれたリンドウの青だった。
 一つの色をとっても、一つの色の名前ではくくれない。ロビーは花束を作る時、花同士がケンカしないように作ることと、贈る相手の状況に合わせたものを作ることを心がけていると明かした。本から視線を上げて、ヤニックはロビーを見る。涼しい風が温室の床に座り込んだ二人の間を抜けた。祖母がイチゴのコンフィチュールを作っているため、キッチンからは甘い香りが漂っていた。
「花を贈る相手に合わせるって、どんな?」
 思いついたまま言葉にすると、ロビーがくちびるを緩ませる。
「そうだな、たとえば君にはバラのブーケは贈らない」
 自分はバラのイメージではない、ということだろうか。少し考えていると、ロビーが大きな手で頬へ触れてきた。
「君に贈るなら、トゲのないバラがいい」
 トゲを一つずつカットする姿を思い浮かべて笑いそうになる。だが、笑えなかった。ひざを立てていたロビーが上半身を伸ばして、キスをしたからだ。いつもの触れるだけのキスではなく、彼の舌がくちびるを開いて欲しいとでも言うように、ヤニックのくちびるの間をなめる。
 その瞬間、ヤニックは口にペニスを突っ込まれた時のような不快な気持ちを思い出した。思わず、両手を突き出して、ロビーの体を押す。彼はすぐにくちびるを離した。
「ごめん……」
 ロビーはうろたえながらも、急ぎ過ぎたと謝罪を口にした。ヤニックは違うのだと言いたかったが、自分の身に起こったことを話すにはすべて打ち明けなければならないことに思い至り、口をつぐむ。彼のことが好きなのに、受けたキスで思い出したことは最悪の気分にさせた。

38 40

main
top


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -