あおにしずむ38 | ナノ





あおにしずむ38

「まだ学校へ行きたくないと思ってる?」
 その質問にすぐ頷いた。ロビーが腰を浮かせて、ヤニックのことを抱き締めた。
「話したくなかったら、話さなくていい。行きたくなかったら、行かなくていい。君の人生だから、舵を取れるのは君だけだ。たとえ行き先が選べないとしても、俺はそばにいるよ」
 噛み締めていたくちびるに、ロビーの指が触れる。ヤニックは涙をあふれさせた。鼻同士を擦り合わせるように、顔を寄せたロビーは、鼻を当てた後、頬擦りをした。
「実際に君が学校へ行けば、俺はもう一緒にいることはできない。今までだって、守れてなかった。本当はずっとここにいればいいのにって考えてる」
 耳元で小さくロビーがささやいた。
「俺の時はいたずらで済んだ。最初、殴られたんだ。殴り返したら、それ以降は殴られなかった」
 ロビーは少し体を離して、ヤニックの手を握る。ブロンドの瞳が揺れていた。
「こんなこと言いたくないけど、ヤニック、君は小さくて細いから、心配なんだ」
 言葉に含まれる危惧を理解したヤニックは震えた。ぎゅうっと心臓をつかまれるような痛みを感じた。ロビーは暴力以上の行為を懸念している。もう起こってしまったと言わなければ、と思うのに、ヤニックの口は鍵でもかかったかように開かなかった。
「ティムは君に気があるようだし……」
 視線を落としたロビーが、溜息をつく。
「え?」
 ヤニックの声にロビーがこちらを見た。彼は苦笑いしながら、ヤニックの手を指先でいじった。
「気づかなかった? ティムが俺を毛嫌いするのは、俺がゲイだってことを隠してないからだよ。しかも、同じ人を好きになった。彼は俺を許さないだろうね。俺も彼とは仲よくなれる気はしないけど」
 ヤニックは目の前のロビーを見つめた。彼がそう言うなら、本当だという気はする。ただ、好きという気持ちが、あの暴力的な行為に変わるのは理解できない。
「ヤニック」
 名前を呼ばれて我に返ると、ロビーが触れるだけのキスをくれた。
「もう傷ついて欲しくない。最終の判断は君がするものだけど、俺は君にここで暮らして欲しいって思ってる」
 ヤニックはロビーの優しく光る瞳から、温もりを感じている手へと視線を落とした。ヤニック自身、ここで暮らしたいという気持ちはある。ここでフローリストの勉強をしながら、仕事をすれば、いつか彼の祖母みたいになることができるだろうか。
 だが、高校をドロップアウトすることには、まだ抵抗がある。何より母親へ顔向けできない。ドロップアウトすることと学校へ行きたくないということは、ヤニックにとってまったく違う意味を持っているのに、結果だけを見れば同じだった。
 まるで仕事が欲しくてロビーのところへいるようで心苦しい。彼を好きだが、彼のことを利用しているみたいに感じる。視線を落として考えていると、ロビーは手を離して、立ち上がった。
「急いで結論を出すことじゃない。まだ考えたらいいよ。小腹は空いてる?」
 夕食の時間はとうに過ぎていて、ロビーがキッチンからハムやチーズを挟んだパンを持ってきてくれた。
 不思議なことに、ロビーと一緒にいる間は、まだ頑張れるのではないかという気持ちになる。新しい季節になれば、皆、忘れてまた受け入れてくれるのではないかと考えてしまう。だが、それが自分の願望でしかないことはよく分かっていた。

 朝市はロビーが一人で仕切った。ヤニックは彼の祖母と一緒にアトリエで仕事をしていた。仕事といっても彼女の手伝いだ。
「そうそう、六月にね、フローリスト協会主催のコンテストがあるの。ヤニック、このアマチュア部門へ出展してみたらどうかしら?」
 彼女は雑誌に掲載されている応募要項を見せてくれた。黙読した後、笑顔が引きつる。
「アマチュアなんて書いてあるけど、花屋さんに勤めて何年とか、そういう見習いの子達が出展するんですよね? 俺なんて、この花の名前も知りません」

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