あおにしずむ35 | ナノ





あおにしずむ35

 イースターの前日は早めに寝て、当日はまだ夜も明けないうちから起きた。市庁舎前の朝市で売る花やリースに加えて、当日だけしか作らない生の花での飾りも準備する。ロビーの祖母に送り出されて、ヤニックはロビーの運転するトラックの助手席で揺られた。
 搭乗者は二名までのため、今回は祖母を残して、ヤニックが出ることにした。リースは十分用意しており、イースターの間はほとんどがチューリップや飾りを買う客なので、草花のことを詳しく聞かれたりしない。最初はあまり乗り気ではなかったヤニックだが、何事も経験だと祖母に言われ、素直に頷いた。
 まだ六時前にもかかわらず、いくつかの店はすでに商売を始めていた。ロビーもすぐに荷台から荷物を下ろして、花を置くための台を組み立てていく。ヤニックは指示通りに動いて、一緒に荷台から植物や花を下ろした。
「毎年、昼前にはチューリップとリースは完売するから、売り切ったら、帰ろう」
 組立て式の椅子を下ろしたロビーが、簡易レジスターの前に椅子を置いた。レジスターとはいってもただの金庫だ。
「ヤニック、こっち」
 最初から座っているのは申し訳ないと思い、首を横に振る。
「君の他に誰が金庫番をしてくれる?」
 ヤニックは渋々、腰を下ろした。
「しんどくなったら、代わるから」
 ヤニックの言葉にロビーは笑って頷いた。
 八時台から急に人が増え、チューリップが飛ぶように売れ始めた。ヤニックはレジスターの前から動けなくなったが、客のほうから花を持ってはヤニックのところまで来てくれるため、動く必要はなかった。商品を置いた台の前では、ロビーが客の相手をしながら、時々、お釣りに必要な小銭を取りに、ヤニックのところへ戻ってきた。
「大丈夫?」
 頷いた時、ヤニックは早口に言った。
「俺の作ったリースも売れたよ!」
 自分が作ったリースが売れた時、思わずロビーを呼ぼうかと思ったが、慌ただしかったのでこらえていた。嬉しくて、笑みをこぼすと、ロビーが汚れた左手をズボンで拭ってから、頭をなでてくれた。
 ロビーが言った通り、準備していたものはほとんどが昼前には売れてしまった。ペットボトルのミネラルウォーターを一口飲んでいたロビーが、誰かに向かって手を挙げる。ヤニックが視線を向けると、母親の姿があった。恋人のクリストファーと一緒だ。
「母さん、クリストファー、久しぶり」
 椅子から立ち上がり、軽く抱き締める。
「もうほとんど売れてるのね。せっかくチューリップを買おうと思ってたのに」
 母親の言葉にロビーが笑い、トラックの荷台へ回った。ヤニックがのぞき込むと、彼はヤニックが作ったリースを一つ、手にしている。
「チューリップは取り置きしてないですけど、フローリストのタマゴが作ったリースならありますよ」
 ロビーの言葉に彼女達は目を輝かせた。
「これ、ヤニックが?」
 ロビーが頷くと、彼女は視線をこちらへ向け、瞳をうるませた。
「すごく可愛いわ。ヤニック、あなた、才能あるわよ」
 それは母親の欲目だと言いたかったが、クリストファーも称賛の言葉を続けた。リースはピンクとイエローを基調にして、それじたいが一つの花に見えるように作っていた。ピンクの花の間に小さなイースターエッグを飾り、扉にかけることを考えて、下になる部分にはホワイトとイエローのチェックのリボンもつけている。
 ロビーは残っていた花でブーケを作り、それも一緒に袋へ入れた。母親が代金とは別に財布からいくらか取り出す。
「ニシンの酢漬けでも買ってらっしゃい。ロビーの分も」
 金を受け取ったヤニックはロビーを見上げた。彼は笑って、ウィンクをする。
「オニオンたっぷりで」
 ヤニックは魚屋の並ぶ通りへ向かう。途中でこっそり振り返ると、三人は何かを話していた。大した話ではないと思ったが、何を話しているのか気になり、早く買って帰ろうと小走りになる。

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