あおにしずむ34 | ナノ





あおにしずむ34

 ヤニックが家に帰ると、ちょうど母親がいた。ロビーはあいさつするから、と一緒に上がってきた。
「母さん、相談もなしにごめん」
 夕食の準備をしていた彼女は、扉のそばに立っているヤニックへ頷く。
「でも、よかったじゃない。アルバイト、探してたでしょ? ベイダーソンの花屋さん、有名だから、色々と学べるんじゃない?」
「こんばんは」
 ロビーは手にしていた小さなブーケを母親に渡し、財布から名刺を取り出した。それから、まるで親同士が話すような会話を始める。ヤニックは一人、子ども扱いされていた。最初は気に入らなかったが、今のうちに、と部屋へ入った。衣服を鞄へ詰め込み、マットレスの下に隠した鎮痛剤と睡眠薬も入れる。
「積んでおくから」
 ヤニックの手から鞄を受け取り、ロビーは母親に会釈する。
「よろしくね」
 母親の言葉にロビーはもう一度、頭を下げた。彼が階下へ行くのを見送ってから、彼女は小さな溜息を吐く。
「最近の高校生は皆、背が高いのね」
「……俺に対する当てつけにしか聞こえないよ」
「それにしても、格好いいわ。さぞもてるんでしょうね、あの服じゃなければ」
「……そうだね」
 ヤニックは苦笑する。おそらく年中働いているから、衣服に関しては無頓着なのだろう。だが、それがロビーのよさでもある。
「ヤニック」
 今生の別れではないため、軽く母親を抱き締めた後、階段を下りようとしたら、彼女に呼び止められる。何か言われるのかと思ったが、彼女は何も言わず、ただ手を挙げた。ヤニックも笑顔で手を挙げてこたえた。

 ロビーの家は早寝早起きが徹底している。ヤニックは最初の数日こそ寝坊していたが、ロビーに合わせて動くようになると、二十一時も過ぎればベッドへ体を沈めていた。肉体の疲労は心地よい眠りをもたらしてくれる。ヤニックはここへ来てから自然と眠ることができるようになった。
 ロビーは日射しの強くなる午後から、あまりヤニックのことを外へ出したがらないため、祖母とともにリースを作ったり、フラワーアレンジメントの基礎的な知識を教えてもらったりした。多少の料理も習っている。手先が器用で色のセンスがいいから、資格の勉強をしてはどうかと、夕飯の支度を手伝っている時に言われた。
「俺がですか?」
「そうよ。いずれ、私の仕事を引き継いで欲しいわ」
 ヤニックは大きく首を振る。ロビーから聞いた話と温室にある雑誌を見たところ、彼女はその業界では有名なフラワーデザイナーだ。仕事を依頼してくる人間達も著名人ばかりで、請け負っている内容も一級の仕事だった。
「不可能なことなんてないわ。ヤニック、あなた、まだ十六歳だもの。これからよ」
 彼女は小麦で白くなった指先で、ヤニックの鼻を突いた。ヤニックが思わず笑うと、彼女も笑う。今夜はホウレンソウとベーコンのキッシュだ。オニオンスープの香りが家中に広がっている。ずっとここにいたいと思った。学校へ行かず、ここでロビー達と暮らしていたい。それは逃避だと言われるだろうか。
 ロビーは相変わらずソファで眠っていた。ベッドを譲ると言っても聞く耳を持ってくれず、だからといって、同じベッドで寝ようと言えるほど、ヤニックはまだ親密な関係を受け入れることができなかった。顔や体へ触れる程度のキスは、不意打ちでされても素直に受けられる。だが、それ以上になると、ヤニックは自分でも嫌になるほど拒絶していた。
 ロビーはその拒絶に気づかないほど鈍くはない。むしろ、ヤニックの変化を鋭く見抜いて、少しでも嫌がればすぐにやめてくれる。そのたびに重苦しい罪悪感に苛まれた。
 早く話しておかないと、後になればなるほど、取り返しのつかないことになる気がした。だが、好意を寄せている相手に、実はレイプされました、とそう簡単には告白できない。イースター後の初登校と、そのことが、現在のヤニックのもっとも大きな悩みだった。

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