あおにしずむ32
シャワーカーテンのついた向かいにはバスタブもあったが、バスタブの中には植木が置かれていた。
「ごめんなさいね。移動させようと思って、いつも後回しにしてるの。今日はシャワーでお願い」
「あ、俺、いつもシャワーだから、平気です」
バスタオルと一緒に、ロビーの祖母は真新しい下着とロビーの古着を貸してくれた。礼を言って受け取り、扉が閉まった後、さっそく服を脱ぐ。青アザはまだ残っていたが、熱っぽかった体はすでに回復していた。
ヤニックは熱いシャワーを浴びた後、新しく下ろしてもらった歯ブラシで歯をみがいた。ドライヤーで髪を乾かしてから、洗濯物を持って廊下へ出ると、ちょうどロビーが中へ入ってくる。
「おはよう、ヤニック。洗濯機なら、回れ右して」
ヤニックは汗を拭いながら、バスルームの隣の扉へ視線をやった。ヤニックが扉を開けると、中に洗濯機と乾燥機が並んでいる。棚にはダンボールや大きな箱があった。
「洗濯機に入れていいよ……後で車、出そうか？」
「え？」
「俺の古着でも大きいみたいだから。自分の服、取ってくるだろう？」
ロビーはヤニックのうしろに立つと、ヤニックにはとうてい届きそうにない、棚のいちばん上へ手を伸ばした。キウイの蔦で編まれた箱を下ろして、中から、工具を取り出す。
「スプリンクラーのポンプが緩んでる」
ロビーはそう言って、また外へと出ていく。服を取りにいく、というのはつまり、まだここにいるということだろうか。ヤニックはまだ自分が眠っているような感覚で、キッチンへ向かう。そこから甘い香りがしたからだ。
「ヤニック、さっぱりした？」
「はい」
フライパンの中のパンケーキに視線を落とすと、ロビーの祖母は冷蔵庫からビンを二つ取り出した。
「コケモモとラズベリーのコンフィチュールを作ってあるから、パンケーキに乗せて食べなさい」
手渡されて、受け取ると、リビングのほうへ行くように言われる。テーブルにはゆでタマゴとサラダがあった。一人分しかないということは、ロビー達はもう食べたのだろう。ヤニックはコンフィチュールの入ったビンを置いて、グラスに入っているオレンジジュースを飲んだ。
泣いてばかりで嫌になる。だが、こんなに穏やかな朝を壊されそうで怖くなる。壊すのはもちろんヤニック自身だ。二週間、幸せだったら、その先にあるのは何だろう。また学校へ行って、何に耐えないといけないのか。考えると、胸が詰まりそうだ。
ロビーの優しさにすがっても、彼がまだ好きだと言ってくれても、ヤニックはあの痛みを伴う行為が怖かった。だが、ティム達とはしている。それを知られたら、彼の愛を失う気がした。それが今のヤニックには、いちばん恐ろしいことだった。
「ヤニック」
ロビーの祖母が肩を擦ってくれる。
「どうしたの？ さぁ、座って」
彼女に椅子を引いてもらい、ヤニックは素直に座る。
「召し上がれ」
焼きたてのパンケーキから甘い香りがした。ヤニックは何とか笑みを浮かべて、ナイフとフォークを使い、パンケーキを一口サイズにする。一口目には何もつけなかった。それだけで甘い。二口目にはコケモモ、三口目にはラズベリーのコンフィチュールをつけて頬張る。涙があふれて、嗚咽に変わった。
消えてもいいと思っていたのに、やっぱり生きたい。だから、甘い幸せを口いっぱい頬張っている。背中をなでてくれる手があるから、手を握ってくれる優しさを知っているから、ほほ笑み合える人がいるから、きっと逃げてはいけないのだと、ヤニックは思った。 |