あおにしずむ23 | ナノ





あおにしずむ23

 学校に行くのは嫌だったが、母親に玄関先まで見送られて、ヤニックは一歩踏み出した。ティム達に会うのが怖い。だが、会って話をしなければ解決する糸口すら見つからない問題だった。
 ヤニックは自分のロッカーが無事なことを確認した。中もいたずらされていない。
「ヤニック!」
 久しぶりに聞いたロビーの声に、笑みを浮かべて振り返る。ヒゲを剃った彼は、彼のスタイルである深緑色のジャケットと黄色いマフラー、手袋を身につけていた。淡いブロンドの髪は相変わらずもしゃもしゃとしていて、思わず笑ってしまう。
「ロビー、電話、出られなくてごめん」
 笑みを浮かべているのに、ロビーの表情が曇る。ヤニックはくちびるの端に手を当てた。一週間経過しても、青アザが残っていたことを思い出す。
「それ、どうした?」
「団地に住んでる悪ガキ達とケンカになって……もちろん勝ったけど」
 苦しい嘘だ。ロビーは不審そうな顔をしている。
「もう平気だよ」
 明るい口調で言うと、ロビーはようやくいつもの表情に戻った。
「学校、来てなかった? ここ最近、見かけてない」
「風邪、引いてたから」
 ロビーの優しい瞳を見ていると、泣きそうになる。ヤニックはポケットに手を入れて、拳を握り締めた。
「おじいさんは?」
「あ、あぁ、まだ意識は戻ってないけど、落ち着いてる」
「よかった。あのさ」
 視線を感じて、ヤニックは出入口のほうを見た。ティム達が冷笑しながら、こちらを見ている。背筋から脳天へ突き抜けていくような寒さを覚えた。
「二月からのアルバイト、やっぱりできないんだ。落第しそうで。ごめん、俺が頼んだのに」
 ロビーは少しだけ落胆していたが、それでも、笑って頷いてくれる。
「勉強も大事だから仕方ない」
 ヤニックが頷くと、ロビーの手の平が髪をなでた。彼がそのまま去っていくのを、ヤニックは呼び止めることができず、見送る。呼び止めたとして、何を話せばいいのか分からない。彼のことをどう思っていて、彼とどうしたいのか、ヤニックはまだ混乱の中にいた。その混乱を混沌へ導くように、ティム達がヤニックの前に立つ。
「ヤニック、やーっと来たんだ?」
 ウェインがわざとらしく、ヤニックの上着の中へ手を入れた。ヤニックはそれだけでパニックを起こし、小さく悲鳴を上げて、その場へ座り込む。下に着込んでいたシャツの胸元をつかまれ、引っ張られた。そのままロッカーへ三度、背中をぶつけられる。
「寂しくて自分で慰めたんじゃないのか?」
 ティムが笑いながら、ヤニックの股間へ手を当てた。三人とも背が高いため、周囲の生徒からはヤニックが呼吸を乱しながら泣いている姿は見えない。怖い、という感情の上に黒いシミがどんどん増えていく。耐えなくていけない。男だから、母親を悲しませたくないから、ロビーに心配をかけたくないから、耐えろ、とヤニックの心が言った。
「放課後、楽しみだな」
 ティムの指先がヤニックの左の頬をなぞり、くちびるへ触れた。授業が始まるベルが鳴り響く。今すぐ逃げ出したいのに、足はその場から動かなかった。一時間目が一緒のパックにコートを引っ張られる。また股間を踏まれたら、アナルを犯されたら、と考えてしまう。授業内容を聞く余裕などなかった。

 放課後はすぐにやってきた。四人が全員、同じ授業になることはないが、常に誰かと一緒だった。最後の終業ベルが鳴った瞬間、飛び出していく生徒達とは逆に、ヤニックはウェインに肩をつかまれていた。
「俺、ほんとはさ、おまえのこと嫌いなんだよね」
 誰もいなくなった教室で、壁際に追いやられたヤニックは、ウェインのブルーの瞳を見上げた。
「小学校から、一緒だったのに……?」
 殴られるのが怖くて、ヤニックは少しでも昔を思い出してもらおうと思い、そう言った。

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