あおにしずむ16
「クリストファーはいい人だと思うよ。同棲でも、再婚でも、俺は反対しないから」
母親と彼女の恋人の関係については、実際のところどうだっていい。だが、そう言っておけば、彼女は安心して彼女の生活を楽しめるはずだ。目に涙を溜めた彼女が背伸びをして抱き締めてくる。体中にあるアザが痛んだ。
母親とクリストファーからのクリスマスプレゼントは、欲しかった文庫本、好きなブランドの服と新しいドライヤーだった。ヤニックから二人へは金曜の夜のディナー券を贈った。
もちろん、本物のディナー券ではない。手書きで券を作り、母親の代わりに家事の一切を引き受けることで、二人がゆっくり金曜の夜を過ごせるといものだ。
多めにもらった小遣いで、ヤニックはロビーの園芸農園を訪ねて、スイセンの小鉢を購入した。ロビーは出かけていて、彼の祖母が相手をしてくれる。
「おじいさんのお加減は……」
熱い紅茶を一口飲んで、ヤニックはためらいながら聞いた。祖母はかすかに首を振りながら、目に涙を溜める。ヤニックはもらい泣きしそうになった。第三者のくせに泣くなんて、失礼過ぎる。だが、彼女はそうとはとらなかったようだ。
「優しい子ね。ロビーは素敵な友達を作ったわ」
ヤニックは笑みを浮かべて、頬をつたった涙を拭う。
「あなたはあの子の二つ下なの?」
「はい」
「そう。じゃあ、イースター前に進級ね」
「あ、俺、成績がよくなくて、落第かもしれないんです」
「まぁ」
「でも、落第しても卒業しようと思ってます。ドロップアウトしたら、どこも雇ってくれない」
大卒の人間でも就職するのは厳しい状況なのに、高校も卒業できない人間の行き着く先はもっと悲惨だ。ロビーの祖母はテーブルの上に置いていたヤニックの拳の上に、彼女の手を重ねた。
「うちでアルバイトはどうかしら? 特にイースターは繁忙期だから、その前から来てくれると助かるわ」
ヤニックが驚いていると、祖母はぽんとヤニックの拳と軽く叩いた。
「あの子ったら、一人でできると言って聞かないけど、実際には植物の世話に手が回らないの。本当は人を雇いたいと思っていたところよ」
「あ、でも、ロビー、嫌がるんじゃ……」
「大丈夫よ。それにここの経営者は主人と私なんだから、ノーとは言わせないわ」
ちょうどトラックのエンジン音が聞こえてくる。苗の買いつけをしてきたロビーが荷台から次々に荷下ろしを始めた。積雪量は多くないが、彼は冷たい風と吹雪を受けながら、黙々と作業している。
「俺、ちょっと手伝ってきます」
温室から玄関へ出たヤニックは、物置のほうへ苗を並べるロビーに倣った。
「わっ、ヤニック?」
厚手のパーカーのフードを被っていたヤニックに驚いて、ロビーが立ち止まる。彼はすぐに笑みをこぼした。
「来てくれたんだ」
ロビーは雪と泥で汚れた手で触れないように二の腕だけで抱き締めてくれる。伸びているヒゲが額に当たって変な感じがした。冬休み中、連絡すると言った通り、彼は何度か誘いの連絡をくれた。そのたびに遊びにきていたが、最後に会ったのは一週間前だった。その間にヒゲがずいぶん伸びている。
「スイセンの鉢を選んだよ」
「あぁ。中に入ってろよ。寒いだろ」
ロビーは荷台から苗を下ろす。
「手伝う」
二人で作業を終えると、玄関先で祖母が雪を払ってくれた。 |