あおにしずむ14 | ナノ





あおにしずむ14

 授業が始まっていたが、ヤニックはロッカーに描かれた卑猥な絵や言葉を消す作業に没頭していた。今日の午前中で最後だ。明日から冬休みに入る。期間はクリスマス前から年明けまでで、一月五日からまた授業再開だ。このままの成績と出席日数だと、イースター休暇前に落第を言い渡されそうだが、今のヤニックにはどうでもいいことだった。
 学校は四月と十月始まりのため、ロビーはおそらく三月の卒業だろう。あの日から彼には会っていない。遠くから見かけることはあったが、なるべく見つからないようにしていた。家も訪ねていない。何を言っていいか分からないし、何を言ってしまうか分からないからだった。
 ロビーは朝市にも来ていない。ロビーの店の横に出店している花屋から聞いたところによると、祖父の容体が芳しくないらしい。もしもの場合は、ロビーが園芸農園を継ぐことになるが、彼はまだ若く、大変だろうと言っていた。
 ヤニックはかじかんだ手を擦り合わせながら、校門を出ようとした。午前中しか授業がないから、今日はもう帰ろうと思った。二時間目と三時間目に出ても、どちらの授業も先週、出席日数が足りないと言われていたからだ。
「ヤニック!」
 校内の駐車場から見覚えのあるトラックが走ってくる。目の前で停車したトラックの運転席からロビーが顔を見せた。疲労の色が濃いが、彼は優しい笑みを浮かべている。
「まだ授業じゃないのか? 体調悪い?」
 ロビーが心配そうにこちらを見つめてくる。ヤニックは意味もなく叫びたくなったが、深呼吸して、祖父の容体を尋ねた。彼の表情が曇る。
「……乗って。今から病院へばあちゃんを迎えにいく」
 助手席に乗り込むと、携帯電話が震えた。ヤニックはそっとディスプレイへ視線を落とす。ティムからだ。どこからか見えたのだろう。ゲイに対する暴言がつづられていた。すぐにリュックサックへしまう。
「大丈夫? 顔色、悪いけど」
 赤信号で停まると、ロビーがこちらをうかがう。ヤニックは笑った。
「大丈夫。最近、眠れなくて、寝不足なだけ」
 再びトラックが動き出す。
「じいちゃん、春までもたないかもしれないんだ」
 ヤニックは前を向いて運転するロビーの横顔を見た。透明な雫が頬をつたっている。彼の優しさを知れば、彼がどんなに愛されて育ったのか分かる。そして、愛する人を失おうとしている彼の悲しみに、ヤニックの心は痛んだ。
 ギアを握るロビーの手を上から握り締める。ロビーは一瞬だけこちらを見て、苦笑した。
「ありがとう」
 ロビーは彼自身のことで手いっぱいだ。自分のことを相談するわけにはいかない。ヤニックがそう決意していると、彼が切り出した。
「君のロッカーにいたずらしてる奴らがいるって聞いた。俺、噂は信じないほうだけど、もしかして嫌がらせとかされてる?」
 指先から冷たくなる。ヤニックは首を横に振った。
「それ、馬鹿な連中だけだよ。俺がクラブを辞めたから、怒ってるんだ」
「クラブ、辞めたのか?」
「うん、何か、クールでいたいだけで中身がないし、もう少し勉強しないとやばいし、色々と考えて、辞めた」
 とっさに思いついた嘘だが、それらしく聞こえる。ロビーは、「そうか」と頷いた。
「週末に来るって言ったのに、全然来ないから、何かあったのかと思った。俺、君の携帯番号、知らなくて」
 病院の駐車場に停めた後、ロビーが携帯電話を取り出す。
「番号、教えて」
 ヤニックはロビーへ番号を言った。
「鳴らしていい?」
「あ、待って」
 ロビーの電話番号を登録した後、一緒に祖父の見舞いに行く。春までもたないかもしれない、という言葉通り、彼の意識はなかった。彼の祖母が献身的に世話をしているが、倒れてから一度も目覚めていないと聞かされた。

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