あおにしずむ12 | ナノ





あおにしずむ12

 月曜の朝、自転車置場から感じていた嫌な視線の意味を理解したのは、自分のロッカーを見た瞬間だった。赤いマジックで、「裏切り者」と大きく描かれている。誰の仕業か、すぐに分かった。
 ヤニックはくちびるを噛み締めて、振り返る。パックがこちらを睨んでいた。その隣には彼の腕に寄りかかっているティナの姿がある。一時間目の授業に行く前に、ヤニックはクラブのロッカーから雑巾を拝借して、自分のロッカーを拭いた。
 少し残ったが、油性だから仕方ない。すでに一時間目は始まっている。遅れて教室へ入ると、皆の視線が注がれた。以前なら何も思わなかったのに、皆が自分を嘲笑しているように思える。
 空いている席へ座ると、四方に座っている生徒達が一斉に机と椅子を引いてヤニックの周囲から遠ざかる。うしろから飛んできた紙くずが背中に当たる。拾い上げて中を開くと、「童貞君」という言葉と、小さなペニスが描かれていた。ヤニックはそれを丸めて握り潰す。
「ヤニック、ちょっと来て」
 授業の後、教師に呼ばれて、彼女の後をついて行った。
「遅刻は五分以内って言ってるでしょう? あなた、成績が悪いんだから、出席率でカバーしないと、進級できなくなるわよ」
 小さな声で謝罪すると、教師は溜息をついて、ヤニックの右手をつかんだ。中には丸めた紙くずがある。彼女はそれを開いて、確認してから、ゴミ箱へ捨てた。
「授業中に落書きなんかしてるから、落ちこぼれるの。次から気をつけて」
 泣きたい気持ちをこらえて、ヤニックは教師の部屋を出る。隣の部屋から出てきたのはロビーだった。
「ロビー」
 思わず大きな声になり、ヤニックは慌てて周囲を見た。誰も気づいていない。ロビーが視線を動かして、外の階段下へ移動した。
「授業中に居眠りでもした?」
 ロビーの笑顔を見て、ヤニックは今日、学校へ来て初めて安堵している自分に気づいた。
「違うよ、遅刻しちゃったんだ」
 ロビーが頷く。少しの間、互いを見つめた後、彼は言いにくそうに口を開いた。
「日曜にじいちゃんが倒れた。しばらく、学校休むことになるんだ」
「え?」
「必要な単位は取ってあるけど、午前中だけしか授業に来ないかもしれない」
「……そうなんだ」
 ヤニックは目の前でうな垂れたロビーの肩を抱き締める。励ましを必要としているのは彼のほうだ。
「大丈夫。おじいさん、きっとよくなるよ」
「ありがとう」
「週末……時々、そっちへ行ってもいい?」
 ロビーは頷いてくれた。二時間目に遅刻するわけにはいかず、早々に別れる。彼のうしろ姿を見つめていると視界がにじんだ。とても心細い。うしろから誰かに押されて、前に倒れた。立ち上がって睨んだが、誰も自分を見ていない。ヤニックは二時間目も三時間目も、丸めた紙くずをぶつけられて過ごした。
 学食でトレイに乗せたパスタとサラダを持って、どこかに席を確保しようと周囲を見た。うしろから押されて、トレイの上のものをひっくり返してしまう。皆がこちらを見て、笑っていた。ヤニックはトレイの上へ落ちてしまったパスタとサラダを乗せる。
「ヤニック」
 ヤニックが見上げると、ティム達が立っていた。
「ティナのこと、レイプしようとしたんだって?」
 パックが怒りをあらわにして、利き足でヤニックの肩を蹴った。
「してないっ」
 ヤニックは右肩を押さえて、立ち上がる。
「嘘つき。おまえ、興味ないって言いながら、彼女のことデートに誘ったんだろ? あの時、胸、見てたの、俺、ちゃんと見てたんだからな。笑ってただろ」
「違うっ、俺は」
「土曜にあいつのトラックに乗ってただろう。家まで送ってもらって、何してたんだ?」
 ティムの瞳に憎悪の感情が浮かんでいた。ヤニックは視線をそらさずにこたえる。

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