あおにしずむ5 | ナノ





あおにしずむ5

 髪を染めた翌週、ティナがまた話しかけてきた。ヤニックは周囲を気にしながら、パックがいないことを確認して、彼女へ視線を落とす。
「今週はどう?」
 サッカークラブで使用しているロッカー兼シャワールームへ歩きながら、ヤニックはあいまいな返事をする。クラブのロッカーへ入ってしまえば逃げきれる。あそこは汗臭いから女子は近寄らない。
「うーん。どうだろう……」
 赤い扉に手をかけて、ヤニックはつい口走った。
「パックなら時間あると思うよ。彼と行けば?」
 彼女の表情が怒りの色を帯びる。まずいことを言ったかもしれない、と思った瞬間、彼女が目から涙をこぼした。
「あ、や、あの、今のは」
 着替えを終えた連中が扉を引いた。パックの姿が目に入り、ヤニックはあせった。彼はすぐに泣いている彼女に気づき、何事かとこちらへ視線を向ける。彼女はいっそう大きな嗚咽を漏らし、「どうした?」と聞いた連中に何もこたえることなく走り去った。
「ヤニック、おまえ……」
「何もしてない」
 両手を胸の前で振ったが、パックは不審そうに見ている。
「パック、俺、マジで何もしてない」
「ヤニックに何かできるわけないだろ」
 すぐにティムが助けてくれた。助ける言葉とはかけ離れているが、今はどんな言葉でもありがたい。
「着替えてこい」
 頷いて中へ入り、急いで着替える。高校の運動場は道路へ隔てた反対側にあるため、ヤニックは道路を渡ろうとした。
「ヤニック」
 ロビーに呼び止められた。彼はジーンズではなく、酪農家の男達がよくはく仕事用のズボンをはいていた。自転車はずいぶん年季が入っている。いたずらの対象になっているのか、サドルにうっすらと卑猥な言葉が残っていた。それに気づくと、彼が隠すように前に出る。
「今から練習?」
「うん。そっちは帰り?」
 ロビーは笑った。
「じいちゃんが風邪、ひいてて」
 ロビーの両親のことは知らないが、彼は祖父母の元で育っている。この辺りでは有名な園芸農を営んでいた。週末の朝市などで、よく彼のところの花が売られている。時おり、彼自身が朝市に立っていることもあった。
「そっか。お大事に」
 ひび割れた前輪に視線を落とす。パンクしているように見えて、指先で押した。
「あれ?」
 ヤニックは前輪をつかんでみた。
「これ、パンクしてない?」
 顔を上げると、ロビーは苦笑した。諦めたその表情で、いたずらされたのだと分かる。彼は特に市内から離れた場所から三十分ほどかけて自転車で登校しているのに、こんなことをするなんて許せなかった。
「ロビー、俺の、使って」
「え?」
「俺がこれ、後で直しとく。知ってるだろ、俺の家、すぐそこだから、道具もそろう。明日、交換すればいい」
 ヤニックはロビーの自転車のハンドルを奪い、自転車置場へ向かう。
「いい。そんなの悪い」
 自分の自転車の鍵を外し、ロビーに渡した。
「ジュース、おごってよ。うまかっただろ?」
 ヤニックが尋ねると、ロビーは白い歯を見せた。
「甘かった」
 ロビーの鍵を受け取り、校門前で別れる。運動場からティムがずっとこちらを見ていた。

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