あおにしずむ4 | ナノ





あおにしずむ4

 母親はガソリンスタンドで働いていた。シフト制で、ヤニックが帰宅する時間はたいてい家にはいない。午後の授業をさぼっても、ガソリンスタンドの前を通らない限り、彼女が気づくことはなかった。
 帰宅してベッドへ寝転び、音楽を聞きながら、うとうとしていると、携帯電話が鳴る。ティムからだった。ヤニックは携帯電話を置いたまま、部屋を出る。鉄筋コンクリートの階段を駆け降りて、自転車に飛び乗り、郊外へ向かう。牛の数のほうが多い街は、ほとんどが酪農を営んでおり、郊外へ向かえば向かうほど緑が増える。
 ヤニックは自分の街が嫌いではなかった。駅から急行電車に乗れば、一時間ほどで大きな都市に着く。高校を出た後、働きに出る生徒達はその大半が都市部へ出ていく。街はこれといった観光名所もなく、中世の頃なら宿場町として栄えていただろうが、今となってはただの田舎町だった。
 自転車で十分も走れば森に入ることができる。森は車が通れるように砂利道として舗装されていた。自転車で通るのは少々厳しいが、近道になるため、ヤニックはよくここを使う。砂利道が途中からぬかるみに変わると湿地が現れる。乾いた道を選び、森を抜けると、牧場が見えた。
 柵の向こうは土手になっており、川辺では釣りをしている男達がいた。ヤニックは見つからないように離れた場所に自転車を倒し、自分自身も横になる。ぼんやりと空を眺めるのは昔から大好きだった。昔はここでティム達と一緒に釣りをしたり、バーベキューをしたりして遊んだ。
 年齢が上がるにつれ、いかに楽しむかというテーマが、いかにクールに見せるかに変わってきた。それが思春期といえばそうだが、ヤニックはまだここで馬鹿騒ぎをしたい気持ちのほうが強い。
 空を見ていると、青は絶えず色々な青に変化していく。だが、空という本質は変わらない。ティムも今は以前と全然違うように思えるが、彼の本質は変わっていないはずだ。そう思うと、ヤニックは少し安堵した。

 翌朝、自転車に鍵をかけていると、登校してきたティナに話しかけられた。午後のクラスでいくつかの科目が一緒だというだけで、あまり共通点がないため、朝のあいさつ以降、会話がない。だが、彼女は気にならないようで、笑いかけてきた。大きな目が少し小さくなる。頬にはえくぼが浮かび、愛らしさを引きたてた。
 ヤニックはあいまいに笑い返してロッカーへ急ぐ。すると、彼女がついてきた。一時間目の授業に必要な教科書を取り出すと、彼女が口を動かす。
「今度、デートしない?」
 思わず、手に取っていた教科書を落とした。彼女がそれらを拾い上げてくれる。その時に胸の谷間が見えた。見るつもりはないのに、視線がそこへ向かう。不意にそらすと、反対側のロッカーの前でこちらを見ているパックの瞳にぶつかった。嫉妬と不安が入り混じった色だ。ヤニックは心配無用と、パックへ笑って見せた。
「あー、ごめん。俺、急いでるから」
 教科書を拾ってくれた礼を言い、ヤニックはロッカーに鍵をかけ、急いでその場を立ち去る。彼女からの好意に悪い気はしないが、彼女自身への興味はまったくない。それに、友達の好きな子を奪うなんてできない。
 教室へ入ると、ティムが手を挙げて、隣を指さす。
「おはよう」
 教科書を机に置き、リュックを足元へ下ろした。
「練習、さぼんなよ」
「ごめん」
 椅子に座った後、ティムを一瞥すると、彼は小さく笑った。
「寝癖が笑える」
 そう言って、ティムがヤニックの髪へ触れる。左側の耳のうしろが跳ねているらしい。押さえつけるように手が動いた。
「そろそろ染めるだろ?」
 ティムの問いかけに頷く。ヤニックの髪はブラウンだが、生え際だけが明るいブラウンのため、わざとダークブラウンに染めていた。生え際だけ明るいとまるで禿げているように見えるからだった。
「今日の放課後は?」
「いいよ」
 目の前に差し出された拳に、ヤニックは自分の拳を二回当てた。了解という意味だ。

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