ひみつのひ番外編4 | ナノ





ひみつのひ 番外編4

「何?」
 歓迎されない調子で聞かれて、仁志はむっとした。大事な話だというのに、全然聞く気がなさそうだ。
「稔先輩のことで話があります」
 わざと稔の名前を強調すると、智章が子どもみたいに言った。
「菅谷、先輩だろ」
「稔、先輩のことなんで、時間作ってもらえませんか?」
 智章が怒りをあらわにしたが、仁志は気にしない。同級生達が彼を崇拝する理由が分からない。子どもっぽくて、わがままで、自意識過剰そうだ。稔はものすごく苦労しているだろう。
「……明日の昼休みにしてくれないか?」
「最近、稔先輩の体、見ました?」
 距離を縮めた智章が長い腕を伸ばして、仁志の胸ぐらをつかんだ。仁志自身、どちらかといえば背が低いほうだ。
「何だと?」
 仁志は稔の肌を見たわけではない。ただ制服の上からでも、彼がやせていることは分かる。食堂でもサラダやうどんといった軽いものしか食べていない。同室のくせに、彼の変化に気づいていないのだろうか。
「あんなにやせて、おかしいと思わないんですか?」
「……ダイエットだって言ってたから、無理に食べさせるようなことはしてない」
 すぐに見抜けるような嘘を信じているわけではないはずだ。だが、智章自身も抱えるものが多すぎて、すべてを把握できないのだろう。たった一歳しか違わないが、仁志は彼と自分の立場の違いをよく分かっている。もちろん、同情もする。それでも、彼がちゃんと稔を守ってやらないと、稔が潰されてしまう。
「稔先輩、本当は先輩と一緒にアメリカに行きたいって言ってました」
 智章の目に驚きが浮かぶ。稔は彼の家の経済的事情や成績のことしか、智章には話していないと言っていた。智章の家からの嫌がらせの話を、智章自身は知らないのだ。仁志も実際にどんなふうに圧力をかけられているのかは知らない。そのことを口にすると、智章はようやく胸ぐらをつかんだ手を放してくれた。
「俺の家から嫌がらせ……?」
 腑に落ちない顔で智章は右手で口を押さえ、考え込む。
「稔は毎週土曜にうちへ来てる。母や妹と買い物に行ったり、紅茶を飲んだり……」
 智章の携帯電話が鳴った。彼は手短に用件を聞き、仁志へ視線を向ける。
「おまえ、名前は?」
 仁志がフルネームを伝えると、智章は頷き、「さっきは悪かった」と意外な言葉を口にした。
「最近、自分のことで手いっぱいになってたみたいだ。さっきの件は少し調べてみる。ありがとう」
 ひらっと手を振って、智章は裏門のほうへ駆けていった。子どもっぽくて、わがままで、自意識過剰そうだが、自分の過ちを素直に認めて、相手へ謝罪できる心は持ち合わせているらしい。仁志は小さく息を吐き、図書館へ顔を出そうと踵を返した。

 新緑の五月、円形になっている図書館は緑に囲まれており、昼休みにはうとうとと眠っている生徒が増える。三年に上がった仁志は隅の席に座り、今朝届いたばかりのエアメールを鞄から取り出す。ウェブメールでも構わないのに、わざわざ便せんを使うところが稔らしい。
 あの後、稔と智章の間に何があったのか、詳細は知らない。智章が寮の部屋の扉を壊した事件があったが、彼は以前にも壊していたので、あまり話題にはならなかった。詳細は伏せられたままだが、稔はやはり嫌がらせにあっていた。智章は彼との仲を認めないなら会社を継がないと祖父へ交換条件を出したらしい。
 卒業式の後に、仁志へ会いにきた二人が、一緒にアメリカに行くことになったと報告してくれた。稔がとても嬉しそうに笑っていて、仁志は心から祝福した。
 手紙にはアメリカでの生活や智章とともに日々学んでいる大学での出来事がつづられている。憧れの先輩の幸せを祈りながら、仁志はそっと便せんを封筒へ戻した。

番外編3 番外編5(3年生の二人/智章視点)

ひみつのひ top

main
top


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -