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 一弥は弘蔵のそばへ寄り、盃を差し出す。
「一弥」
 貴雄が間に入り、弘蔵が酒を注ぐのを止めた。
「いいか、これは公のものになる。ただ酒を楽しく飲む会じゃない。高岡(タカオカ)達が証人になる」
 仁和会を任された男達へ視線をやった貴雄は、右手で一弥の左肩をつかんだ。
「もうおまえを危険な目にあわせたくない」
 押し殺した声で貴雄が告げる。一弥は彼の黒い瞳を見返した。ここまで引きずり込んでおいて、勝手だと思う。せっかくの覚悟が台無しだ。だが、一弥は腹を立ててはいなかった。瞳を見返し、かすかに笑ってみせる。手に持っていた盃を貴雄へ差し出した。
「貴雄、俺の命はおまえのものだろ」
 貴雄の驚いた表情が心地いい。
「注げよ」
 瞬きすら忘れているのではないかと思うほど、貴雄は一弥を凝視していた。弘蔵から酒を受け取った敬司が立ち上がり、貴雄の手に握らせる。
「一弥、おまえ……」
 何かを疑うように貴雄はこちらを見据えた。彼は一瞬うつむいて、それから、酒を注ぐ。一弥はそれをあおるように飲み干し、続いて弘蔵からも注いでもらった。その場にいた全員から酒をもらい、今度は一弥が注いで回る。
 いつの間にか食事が運ばれていた。ふすまも開いており、男達が出入りしている。宴会のような雰囲気だったが、そこまでの解放感はなく、男達は高岡達へあいさつをし、一弥へ頭を下げた。
 一弥は会釈を受けたり、詫びの言葉をかけられたりするたび、酒を注がれた。飲まないのも失礼かと思い、飲み続けた結果、屋敷から帰る頃には酩酊していた。顔を上げていようと思うのに、貴雄の胸に頭をあずけるようにして、うつむいてしまう。
「まだ熱が残っているかもしれません」
 酒井の声がした。彼が山中へ何かを渡している。
「かぶれたら、塗ってあげてください」
 一弥は右腕に添えられていた貴雄の指に力が入っていくのを感じた。
「野間(ノマ)のおっさんか……っ」
 貴雄が小さく謗る言葉を吐いた。それは貴雄自身を責める言葉だった。
「一弥が自分で選んだことだ。ちゃんと受けとめてやれよ」
 薄れる意識の向こうで敬司の言葉が響いた。体が温かい。揺られるような感覚の後、柔らかいところへ寝かされた。ベッドの上だと気づいたのは、ペットボトルの水を運んできた貴雄が、一弥の背中へ触れてからだった。
「水、飲むか?」
 一弥はうっすら目を開き、頷いた。スーツがしわになっている。一弥は水を飲んだ後、着替えるために立った。先に着替えようとしていた貴雄が、クローゼットから部屋着を取り出してくれる。そのクローゼットを見て、一弥は新家沢のマンションにいるのだと分かった。
「戻ってきたんだ」
 スーツの上着を脱ぎ、一弥はシャツのボタンを外していく。気分は悪くなかった。だが、体中に回ったアルコールのせいで力が入らない。ベッドへ腰を下ろし、一弥はボタンをいじった。
 下着一枚になっていた貴雄が隣に座る。一弥はボタンをいじる手を止める。自然と右手が左腕を握った。それに気づいた貴雄の手が一弥の手に重なる。
「小野はしばらく出てこない。宮崎達は敬司さんが制裁してくれる。おまえを犯った男達は処分した。おまえをそそのかした麻取は、何ていう名前だ?」
 一弥が顔を上げると、怒りをむき出しにしている貴雄の瞳とぶつかる。その瞳はどこか辛そうに見えた。
「知らない。どうでもいい。俺が自分でねだった。それが事実なんだから」
 敬司に堂々としていたい、と言った通り、一弥は自分の行動に責任を持っていた。自分自身で選んだことだから、誰のせいでもないはずだ。貴雄は不機嫌な瞳の色を隠すように一度、目を閉じて、そのまま苦笑する。
「おまえは、どうして、そうなんだ」
 貴雄は目を開くと、一弥にそう聞いてくる。一弥にだって分からない。ただこの居場所を守りたい。貴雄の手が欲しい。その思いだけでここまできた。一弥はそれを話すことをためらった。まるで恋をしているような、そういう話は落ち着かない。

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