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 緊張も興奮もない。弘蔵が一弥にはあまり関係のない仁和会の後継について話し始める。見知らぬ男達がその跡を引き継ぎ、現在、市村組とその舎弟組織であずかっている小野の元部下達も彼らへ一任するということだった。
 弘蔵は次に宮崎と志村へ視線を向けた。一弥は畳の模様を見つめながら、実際には目の端に入る貴雄の輪郭を何とかとらえようと躍起になっていた。彼の大きな手はひざの上にきれいに置かれ、その手で早く抱き締めて背中をなでて欲しいと不埒なことを考えた。
 不意に聞こえてきた自分の名に現実へ戻ると、皆の視線がこちらへ注がれていた。
「一弥が麻取と共謀してなければ、おまえらが小野に潰されてたんだ」
 敬司がそう言うと、宮崎はむっとした様子で言い返す。
「だけど、こいつのせいでサツからかなりきつい監視を受けてる」
「おまえんとこのヤク中の奴らを一掃できただろ。筋、通せよ。事実を並べれば、おまえらより、よっぽど頼もしい。なぁ、親父」
 敬司が弘蔵へ意見を求めると、弘蔵は頷いた。一弥は拍子抜けしてただ二人を見つめる。弘蔵は山中と彼の隣にいた大柄な男を呼んだ。
「清流会についてはおまえらに任せる。清流会にも竹林(タケバヤシ)や岩田(イワタ)が残っているから、そいつらと協力してうまく一人立ちさせてやれ」
「はい」
 山中達が返事をすると、宮崎が慌てて叫んだ。
「そんな、俺達がいるのに、どうしてこいつらにっ」
「筋を通せと言っただろ? 一から十まで言わないと分からないのか?」
 あぐらをかいていた敬司が、殺気立った口調で片ひざを立てた。宮崎も興奮して立ち上がりかけていたが、彼はくるりと体をひねると、懐からナイフを取り出して、貴雄に襲いかかった。
 一弥は足の裏で畳を蹴り、誰よりも早く貴雄の前に滑り込む。
「一弥っ」
 貴雄のあせる声が聞こえたが、一弥にはちゃんとナイフの軌道が見えていた。今までの自分ならあっさりと刺されていたかもしれない。一弥は一瞬の判断で右腕をクロスさせて、右肘を突き出すようにしながら、宮崎の手首を狙った。ナイフが畳へ落ち、それを左足で蹴る。
 宮崎はナイフを失っても殴ろうとしてきたが、すでにうしろへ回っていた山中達によって取り押さえられた。
「お、一弥、ちゃんと成果出したな」
 先ほどとは変わり、敬司が子どもを褒めるような口調で笑った。青い顔をしている貴雄に、「ジムの成果、すごいよな」と話しかけている。貴雄はかすかに頷いた後、そっと腕を伸ばし、ようやく一弥の肩へ触れた。
 何も言葉はなかった。ただ抱き寄せるように引かれ、うしろから熱を感じる。
「一弥へ詫びを入れられないなら、去れ」
 弘蔵の言葉に、ずっと黙っていた志村が顔を上げる。
「……共永会のイロが乱れる姿を撮ってあります。それを」
「もう回収してある。これ以上、一弥を侮辱するなら、俺が個人的におまえらを殺す」
 一弥のうしろから、貴雄が告げた。弘蔵が外にいる連中を呼び、宮崎と志村を連れ出すように命令する。
「一弥」
 弘蔵に呼ばれ、一弥はふすまから視線を戻した。破門か絶縁か分からないが、あの二人と関わらずに済むことに安堵していた。促されて座ると、貴雄がそっと背中をなでてくれた。それだけで彼のいたわりを感じて、一弥は温かい気持ちになった。
 一弥が座ると、弘蔵は反対側のふすまから男達に酒を運ばせた。
「最近は盃事の習慣もあまりないが、たまには皆で飲むのもいいだろう」
 敬司が立ち上がり、率先しておちょこを渡していく。
「親父」
 貴雄は小さな白いおちょこを手の中から、畳の上へ置いた。山中達も不安そうな表情を見せている。共永会側では一弥だけが、のん気に構えていた。
「一弥に盃を?」
「あぁ。ここにいる全員で注ぐ」
「一弥は、極道者じゃない」
 貴雄の言葉に一弥は心臓が痛くなった。同時に誰が自分を引きずり込んだのかと問いただしたくなってくる。
「あのさ」
 一弥が貴雄を見ると、貴雄の瞳は煩悶の色を浮かべていた。
「痴話げんかは後にしろ。一弥、注いでやるから、こっちへ来い」

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