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 挑発するように聞かれた。一弥はバニラアイスを一口頬張る。清流会とは関わりたくない。だが、仕方ない。
「大したことあるけど、ないって言い聞かせる」
 一弥がつぶやくと、敬司が吹き出した。
「何だ、直接、掘られたわけでもないだろ」
 一弥はボックスから煙草を取り出し、くちびるへ挟んだ。あの地下での出来事は特に記憶に残っている。自分がされたこともそうだが、あそこで競りにかけられていた人間達のことを思うと清流会のやり方は気に食わない。それを言葉にすると、敬司は冷笑した。
「青いこと言うなよ。あれは需要と供給が一致しているだけだ。おまえだって、貴雄のとこのピンサロで抜いてたんだろ? 場所や嗜好が違うだけで、おまえはあそこの客席側の人間と変わらない」
 反論したかった。だが、できない。敬司の言うことが正しいからだ。
「一弥、貴雄に尽くせ。あいつのことだけを考えて行動しろ。他へ目を向けたら、おまえはたぶん動けなくなる」
 頷くと、髪が頬へかかった。敬司の指先がその髪を払ってくれる。
「伸びたな。明日にでも、切りにいってこい」
 敬司はそう言って立ち上がり、玄関へと向かう。たいてい酒井も一緒に帰るため、一弥は玄関まで見送る。
「週末のことは酒井に伝えておく」
「はい」
 二日経てば貴雄に会える。自分のことを受け入れてくれるだろうか。弘蔵は認めてくれるだろうか。期待と不安が入り混じる。宮崎や志村に会うのは嫌だった。
 強くならなくてはいけない。同じ位置に立たなくてはいけない。一弥は廊下の壁に頭を擦りつけるようにして、その場に座り込んだ。色々なことがあり過ぎて、それらすべてを飲み込めなくなる。
 揺らぐな、と自分へ言い聞かせて、一弥は目を閉じた。清流会から戻った時、貴雄は案じてくれていた。半袖シャツの袖から伸びている左腕を見る。ヤクだけではなく、睡眠薬や点滴を打った時の注射痕が残っている。
 一弥は醜く変色している左腕へ触れて、小さく笑った。堂々としていたいと敬司に言ったように、これくらいのことで引け目を感じる必要はない。一弥は煙草を吸うために立ち上がった。

 土曜日の昼だった。敬司が用意してくれたスーツを着た一弥は、酒井の運転する車で市村組の屋敷へ向かった。駐車場へ車が入り、酒井がドアを開けるまで待つ。
「おかえりなさいませ」
 かしこまった言葉で迎えたのはマサだった。彼の言葉に続いて、一弥の前で左右に並んでいた男達が一斉に頭を下げる。驚いて軽く会釈した。襟足は短くしてもらったが、サイドから前髪は少し長めに残してもらっているため、頬に髪が当たる。
 一弥は頭を下げているマサの黒い靴を見て、顔を上げた。そして、思わずマサへ抱きついた。
「マサ! よかった。本当によかった」
 マサが痛いと声を出すまで、一弥は彼を抱き締める。敬司から無事だと聞いて安心していたが、実際に姿を見ると嬉しくて泣きそうだ。マサもはにかんだ笑みを浮かべた。
「マサ」
 並んでいた男に急かされ、マサが一弥へ中へ入るように促す。一弥は男達の間を抜けて、屋敷の玄関へ向かった。男達が案内してくれる。以前のような態度は消え、皆、伏し目がちだった。大広間へ続くふすまが目の前で開かれる。
 すでに一弥以外は集まっている。知らない顔のほうが多いが、一弥は貴雄を見つけて、彼だけを視界へ入れた。糸があるかのように、まっすぐに彼のほうへ歩き、山中が彼の隣からずれようとしたところで、視線を外し、前を向く。その場で正座した一弥は、弘蔵と彼の左横へ座っている敬司へ頭を下げた。
「ごぶさたしていました」
 それから、知らない男達と宮崎達へも頭を下げた。一弥は山中を制して、自分が末席へ座る。山中の隣には初めて会った時に弁当を食べていた大柄な男も座っていた。彼は一弥を認めると、かすかに笑みを浮かべる。
 おそらくここにいるのは幹部達だけだ。本来なら一弥は入ることも許されないはずだった。

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