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 ジム通いは一弥に精神的にも肉体的にも好ましい効果をもたらしていた。一弥には専属のトレーナーがついており、その日のプログラムをこなしていくだけでいい。汗を流している最中はヤクが欲しいという衝動はなく、ひたすら運動に集中できた。
 シャワーを浴びた後に煙草を吸うと、それだけで満たされる。一週目は簡単な運動だけですぐに疲れきったが、三週間も経つと筋肉痛からも解放され、ひたすら汗をかき、限界まで動くことに心地よさを覚えるようになった。
 貴雄の番号は見るだけに留めていた。向こうからかけてくるかもしれない、と考えていたが、敬司に貴雄はこの携帯電話の番号を知らないと言われてから気にするのをやめた。
 ベッドへ寝転んだ一弥は、照明をしぼり、目を閉じた。体は疲れていたが、いつものようにすぐには眠れない。理由は分かっている。溜息を吐きながら、毛布の下で自分のペニスへ触れた。
 自分の手なのに触れただけで、より硬くなる。ここには自分以外いないのに、妙に気恥ずかしい。一弥はティッシュの箱を持ってくると、ベッドに座り、手で扱いた。達するまでが短いわりに、射精は長く続く。
 一度だけでは終わらず、二回目を処理してから、一息ついた。丸めて床へ落としていたティッシュを拾い、浴室のゴミ箱へ押し込む。手を洗い、暦上は初秋に変わった外へ出た。
 ワンルームのマンションだったが、それなりに収入のある独身者を対象にしているのか、ベランダには木製のテーブルや椅子が最初から置かれていた。そこへ座り、涼しい風に吹かれながら、煙草を吸った。
 傍から見れば、どこかの大手会社に勤める独身の人間に見えるかもしれない、と考え、一弥はかすかに笑った。自分で処理しても、満たされていない。
「寂しいな」
 そう口にした瞬間、むせぶように泣きたくなる自分に気づく。この孤独が嫌で、忘れるためにあれが欲しいと思う。今までずっと繰り返してきた戦いだった。わざと大きく煙草を吸って、すべて鼻から出そうとしてせき込む。涙をこぼしながら、一弥はこらえた。

 敬司がつけてくれた酒井(サカイ)という男から朝食を受け取った。酒井は食事を届けるだけではなく、運転や雑用もすべてこなしてくれる。気心の知れた仲とまではいかないが、日常会話程度はするようになっていた。
「酒井さん、俺、だいぶ筋肉ついたと思う?」
 朝食をとりながら、尋ねると、酒井は小さく頷いた。
「はい。もうすぐ一ヶ月になりますね」
 一弥はふと携帯電話を手にする。敬司は少し鍛えたら、と言っていた。そろそろあの電話番号へかける頃だろうか。
「あ」
 朝食を終え、携帯電話をいじっていると、かける前に酒井が声を出した。
「何?」
 一弥が驚いて、発信ボタンを押す前に視線を上げる。
「いえ」
「え、何? 気になる。もしかして、誰につながるか知ってる?」
 酒井は少し考えた後、頷いた。
「若頭から、一弥さんが電話をしたら、そこへお連れするよう言われています」
 そういうふうに言われると、一弥はもちろん、かける前に酒井からどこの誰につながるのか、聞きたくなった。だが、彼はとても困惑しており、それを聞けばさらに困らせるだろう。
「酒井さん、何か困ってるから、さっさとかけよう」
 一弥が笑って、発信ボタンを押そうとすると、酒井が止めた。
「あの、差し出がましいことなので、これはまったく個人的な意見として聞き流してください」
 酒井は一弥がこれまで会った組の人間の中で、知り得る限りいちばん年上だった。極道の人間とは思えないくらい温厚な態度であり、一弥に接する時も気づかいが伝わってくる。
「若頭はあなたが身をていして組を救ったと皆の前で言いました。市村組を始め、それぞれの舎弟の組でも、あなたを蔑ろにする奴らはほぼいないでしょう」
 敬司がそんなことを言ったというのは初耳だった。一弥からすれば、組を救ったというより、むしろ、混乱に陥れている気がするからだ。主を失っている仁和会の連中はひとまず、市村組とその舎弟組織である共永会と清流会へ流れている。だが、貴雄はその清流会を潰すと言っている。敬司から多少は聞いているが、平穏無事に事が運ぶとは思えない。

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