edge41 | ナノ





edge41

 敬司のところと聞いて、一弥はあの屋敷へ行くのだと思っていたが、連れてこられたのはマンションだった。ヤクは抜けてからが辛く、絶対にしないという強い意思が必要になる。敬司は一弥に薬物へ依存するくらいなら、煙草や酒へ依存しろとまで言った。
 マンションはセキュリティ完備の広いワンルームだった。初期症状から脱するまでは、包丁やカトラリー類はすべて撤去され、食事の時だけプラスチック製のものを渡された。
 最初の頃はまだ立ち上がって動くだけの体力もなく、ただベッドの中でうめいているだけだった。小野のところでは固形物を食べていなかったため、滋養にいいものであっても噛んで食べる物は胃が受けつけない日が続いた。
 敬司は二日に一回の割合で顔を出し、組の現状や貴雄の様子を教えてくれた。一弥が無事であることは、彼から貴雄に言ってある。貴雄はすぐに会いたいと懇願したようだが、現状が落ち着いてからしか会わせないときつく言ってあるそうだ。
 組のこともあるが、一弥の現状というものもある。今の状態で会えば、自分も辛い。少し起き上がれるようになってから、一弥は焦燥感に捕われると、まずは煙草を吸った。それで抑えきることができなくなると、酒を飲んだ。一週間、その繰り返しが続くと、抑圧された精神が限界だと訴えてくる。
「敬司さん、俺、働きたい」
 すっかり伸びた髪はうっとうしいほど頬に触れるが、一弥はあまり気にしていなかった。仕出し弁当の袋についていた輪ゴムを使って、襟足部分だけ結んでいるものの、横の髪はまだ短く一つにはまとめられない。
「仕事って、おまえ、何ができる? 何か得意なことあるか?」
 そう聞かれると、一弥はこたえに詰まる。マサのように調理師免許を持っているわけでもなく、護衛の男達のように武芸に長けているわけでもない。運転くらいならできるが、免許を取ってから運転したことがない。
「あー、揚げ物が得意とか?」
 自分で言って自分で笑っていると、敬司が目を細める。怒られるのかと思っていると、彼は煙草に火をつけた。
「煙草の減りは早いらしいが、酒は控えているらしいな。ヤクが欲しくなったら、どうやってこらえてるんだ?」
 一弥は抑圧状態になっても、物へあたったり、自分を傷つけたりはしていなかった。耐えることに慣れているのだ。敬司は一弥の瞳が時おり、空虚に黒く光るのを見た。昔の貴雄がそうだったように、一弥も自分自身を投げ出すことをいとわない。理不尽なことであっても、諦めて受け入れてしまう。
 この世界では諸刃の剣になる。大成すれば貴雄のように多くを従える上位に立つ人間になるが、小さなことでも判断を誤ると命まで捨ててしまう。
 一弥は自分でもそのことを理解していた。このまま変わることができなければ、いつか自分が貴雄の足を引っ張り、彼の命を奪うかもしれない。自分の命だったらいいのか、と言われれば、そうではないことにも気づいていた。マサは一弥を守るために、彼の命を危険にさらした。
「俺、堂々としてたいだけ。あいつに会ったら、勝手なことしやがって、って怒られそうだろ。だけど、俺のしたことは間違ってなかったって思ってる」
 一弥は苦笑した。狂いそうなくらい欲しい。その瞬間、いつも天秤にかけている。最高の快感を与えてくれるヤクか、自分のための居場所か。そのたびに、一弥は後者を選ぶ。
 貴雄に守って欲しいのではない。だが、彼のそばにいたい。対等でいたい。毅然としていたい。
「一弥」
 煙草を灰皿へ押し潰した敬司が、真剣な瞳でこちらを見た。一弥は短い返事をする。
「おまえの気持ちは分かった。働き口はまだないが、明日からジムへ通えるよう手配してやる。まずは体を鍛えろ」
 鳩尾を一発殴られたくらいで失神しているようでは弱過ぎる、と敬司は笑った。胸ポケットからメモ帳を取り出し、電話番号を書き始める。その番号は以前もらったものと同じだった。
「少し鍛えたら、そこへ連絡しろ。おまえの名前はもう伝えてある」

 翌日、一弥へ朝食を渡しにきた男から、携帯電話をもらった。電話帳には敬司だけではなく、貴雄の番号も入っていた。朝食を食べ終わると、男が準備ができしだいジムへ行くと予定を告げてきた。一弥は車の中で、昨日もらった番号を登録し、貴雄の番号をずっと眺めていた。

40 42

main
top


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -