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edge37

 小野は毎晩、訪れるわけではなかった。一弥はしだいに体力が落ちてきていることを感じていた。だが、拘束され、点滴しか打ってもらえない状態では、力を維持することは難しい。
 窓際にさえ届かないが、一弥はなるべく窓のほうへ行き、床の上に座った。床に寝転ぶとすぐにまぶたが重くなり、眠ってしまうことが多い。一弥はカーテンへそっと手を伸ばす。風でも吹いてくれたらつかめるが、窓はいつも閉じられており、寒いくらい空調がよく効いていた。
 一弥には身につけるものがない。カーテンの下から漏れている射光を見ながら、床を照らしてる光へ指先を伸ばす。寸前のところで届かない。
 うつむくと口枷のせいで飲み込めない唾液が床を汚した。諦念しているわけではなかった。建設的なことを考えられる余裕はないが、すべてを投げ出してはいない。
 一弥は小野から聞いた情報しか知らない。意識のはっきりしない状態で、聞かされる情報を真実だと思い込む。だが、こうして昼間に一人でいる時は、それらを鵜呑みにしてはいけないのだと判断することができた。
 背後で扉が開く。男がシーツを替えにきたのだろう。一弥は特に振り返らなかった。男は毎日代わるが、何人かでローテーションしているらしく、初めて見たという人間はいない。
 一弥が拘束されているからか、男達はいつも一人で入ってきて、黙々と仕事をこなしていく。背後でシーツを替えていると思っていた男の気配を感じ、一弥はゆっくりと視線を向けた。
 見覚えのある男がすぐ近くに立っている。彼はすでにシーツを丸めていた。扉のほうを気にしながら、口を開く。
「共永会の芳川が自首した」
 男の言葉の意味が分からず、一弥は彼を凝視する。貴雄が自首する必要はないはずだ。彼は丸めたシーツを置き、素早く新しいシーツをベッドへ被せた。被せただけの状態で、一弥へ持ってきていた点滴を打つためにしゃがむ。いつもは無言で行われる作業だが、彼は扉を何度も見ながら、口を動かす。
「どういう取引か知らないが、芳川は身代わりだ。おそらく証拠不十分ですぐに出てくる。ただ……ヤクを回してるのは清流会でもない」
 男は小さな声で、「と、俺は睨んでる」と続けた。彼の目は理知的であり、嘘をつくようには見えないが、どういう意図で自分に話をしているのか、一弥にはさっぱり分からなかった。
 扉が少し開くと、男はすぐ立ち上がり、無造作に置いてあった替えのシーツを整える。
「おっせぇな、まだか?」
「もうすぐだ」
 一弥は尋ねたいと思った。だが、男は結局、振り返らずにシーツを整えると、丸めていたシーツを持って出ていく。点滴が終わる頃にもう一度、来るのは分かっていた。
 床に輝く日溜まりを見ながら、一弥は不明瞭な意識で必死に考えをめぐらせた。貴雄にとって自分は本当に邪魔な存在なのだろうか。冷静に考えなければならないのに、感情が先行して見えなくなる。
 男が戻ってくるまで起きていたいが、一弥はゆっくりと頭を揺らした。そのまま、床の上に倒れ込み、一瞬、目を開く。無意識に日溜まりへ指先を伸ばしたが、届かないことが分かると目を閉じた。

 気分の悪さで目が覚めると、一弥の体は小野を受け入れていた。彼は何度目か分からないが、まるで一弥の脳天まで貫く勢いで腰を動かしている。媚薬を仕込まれているのか、意識が覚醒した途端、一弥は口枷から声を漏らした。
 今やアナルを使う性行為に痛みはない。むしろ、気持ちいいと体は感じている。一弥はもうペニスを扱かれなくても、アナルの中を擦られるだけでいけるようになっていた。射精を終えた小野は一弥の上で大きく息を吐いた。
 体力が低下している一弥には一回だけでも、かなりしんどい。また目を閉じようとすると、唐突に小野の手が首をつかんだ。彼は何か言いたそうに見えた。その口元を見ながら、一弥は目を閉じる。一度閉じてしまうと、もう開くことができなかった。

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