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「若頭が、あ」
「山中さん? 何で?」
 マサは包丁を持ったまま、気まずそうに視線を落とす。
「いや、俺がミスったからです」
「何を?」
「一弥さんには関係ないことです。朝ごはん作ってるんで、シャワーでも浴びてきてください」
 一弥はそれ以上は追及せず、浴室へ向かう。マサの仕事はここで自分の相手をすることなのだから、どう考えても自分が絡んでいる。おそらく昨日、すぐに連絡を入れなかったとか、一人で行かせたとか、そういうことだろう。山中が殴ったというのは意外だが、マサの上は彼になるから、彼が殴るのが筋なのかもしれない。
 マサには悪いことをしたと思う。早く進退を決めなければ、彼にも迷惑がかかることになるだろう。一弥は寝巻代わりのTシャツを脱ごうとして、敬司からもらっていた電話番号の書かれた紙切れの存在を思い出した。昨日の服に入れっ放しになっている。
 寝室へ戻り、脱ぎ捨てていた服の中から紙切れを財布へ移動しておく。シャワーを浴びた後、マサが作ってくれた朝食を食べた。向かいに座った彼に、「おいしい」と伝えると彼は笑ってくれる。
「一弥さんこそ、何も言われませんでした?」
「全然。クソ暑いのに納屋に入れられたくらい」
 マサの笑みが苦笑に変わる。
「あいつ、清流会を潰すって意気込んでたけど、大丈夫なのか?」
「思うところがあるんでしょうけど、俺みたいな下っ端には分かんないですよ。親父さんはうまくまとめたいみたいなんですけどね。でも、噂じゃ、清流会の一部の連中が裏でヤクを回してるらしくて……」
 マサの話によると、その一部の連中が警察から目をつけられており、市村組としては厄介払いしたいようだ。その対象がヤクを回している連中だけなのか、清流会全体なのかは分からない。ただ清流会内部で諍いが続いていて、時期が時期だけに弘蔵は貴雄に報復を控えるよう告げていた。市村組の中で内紛していては、敵対する組織の格好の的になるからだろう。
 弘蔵自身はおそらく宮崎まで切ってしまおうとは考えておらず、マサの予想では敬司が何か企んでいる気がするそうだ。
「だから、一弥さんも気をつけてください。たぶん、清流会に巻き込まれる可能性はないと思うけど、あんまり出歩かないほうがいいですよ」
「出歩くって、俺、出してもらえないだろ、いつも」
 話を聞き終わり、一弥が笑いながら食器を片づけようと立ち上がると、マサが奪っていく。仕方なく、一弥は煙草を手にした。マサの話の後では、敬司からもらった紙切れの重みが違ってくる。彼が何かを企んでいるとしたら、それに巻き込まれる可能性はとても高い。
 煙を吐き出しながら、一弥はキッチンで後片づけをしているマサの背中を見た。一弥が愛人だろうが何だろうが、ここでくすぶっている限り、マサは自分のためにここにいなければならない。彼がどんな志で共永会にいるのか分からないが、自分のためではないことは確かだ。
 早いうちに目を盗んで、あの紙切れの電話番号へ連絡を入れなければ、と一弥が考えていると、インターホンが鳴った。一弥以上に敏感になっているマサは、一弥へ寝室へ行って鍵をかけて待つように、と言う。
「大げさだな」
 一弥は笑いながらも、マサを困らせたくはないため、指示通りに寝室へ行く。鍵を閉めて、ベランダへ続く掃き出し窓を少し開けた。生暖かい風が入ってくる。頬を張るような音が聞こえた気がして、振り返る。音や声は聞こえなかった。気のせいかと思い、扉へ近づくと、ノックされた。
「一弥さん」
 マサの声ではないが、エレベーターホールに立っている男の声だと分かる。一弥が扉を開けると、やはりホールで見張りをしている男が立っていた。うめき声に目の前の男を振りきり、リビングへ走る。マサが左の脇腹を押さえて転がっていた。押さえている手は赤く染まり、床にも血が流れている。
「マサ!」
 一弥はその場にしゃがみ、マサの傷口を押さえる。すぐに救急車を呼ばなければ、と一弥は彼のジーンズのポケットを探った。
「いち、にげ……」
 こつん、と後頭部に銃口を当てられた一弥はうしろではなく、前に立っているもう一人の見張り役を見上げた。サイレンサーのついた銃口がこちらへ向いている。

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