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 貴雄が身をかわす必要はない。山中がすぐに一弥の腕を取り、ソファの前にあるガラステーブルへ押さえつけた。鈍い音が背中に響く。
「あ、手加減できなかった」
 言葉通り、一弥の背中ではテーブルが割れている。ケガをしないようにと、山中が右腕一本で一弥の体を引っ張った。体勢が戻ると、貴雄に頬を叩かれたが、昨夜とは比べものにならないくらい軽い平手打ちだった。
 左頬へ手を持っていくと、貴雄が少しかがむ。彼の肩越しに男達が奇異な目をこちらへ向けているのが分かった。何かささやかれるのかと思ったら、そのまま右の耳をなめられた。驚いて体をすくませると、彼は笑う。
「おまえら、置いたらとっとと出ろ」
 貴雄が誰を見るわけでもなく言えば、男達はそそくさと出ていく。山中だけが手帳に何か書き込んでいた。
「明日午前中に新しいものを運ばせます」
「あぁ」
 貴雄は山中が出ていくと、一弥の背中へ触れる。テーブルは割れていたが、特に切り傷などはない。
「破片、踏むなよ」
 一弥はうつむいて足元を見た。一弥のうしろには細かな破片が散っている。ソファに足を乗せて、そのまま体をソファへあずけた。
「おまえの荷物、運ばせておいた」
 一弥は視線を上げて、男達が奥へ運んでいたダンボールを思い出す。ソファの背もたれから転がるように下り、寝室へ向かった。クローゼットの前にはダンボール箱が並んでいる。中を開くと、確かに自分の私物が入っていた。
「何で……俺がいつここに暮らすって言った?」
 ネクタイを緩め、スーツを脱ぎ始める貴雄を睨みつける。
「おまえの意見は求めていない。一弥、俺に意見したいなら、まずは対等になってからだ」
 一弥は貴雄に辟易し、いらいらした気持ちをどこにもぶつけられないまま、煙草に火をつけた。悔しくて涙が出るのだと思ったが、本当は違う。自分の居場所や社会とつながっていた働く場所を一瞬で奪われたことが悲しかった。
 煙草を吸い終わった一弥は、涙を拭って、テーブルの上にあった惣菜を冷蔵庫へ入れた。サラダのパックだけを残して、椅子に座り、食べ始めると、貴雄が携帯電話で話しをしながら目の前を通り過ぎる。
 貴雄はキッチンへ行き、冷蔵庫からビールを取り出した。片手で器用にプルタブを開けて、一弥の向かいに座って飲み始める。話の内容からおそらくサトウのことだと分かった。
 電話を終えた貴雄は一度立ち上がり、冷蔵庫から一弥が見向きもしなかった揚げ物の惣菜を選ぶ。それを白飯のパックと一緒に彼自身で電子レンジへ入れて温めた。向かい合って食事なんて勘弁して欲しい。一弥は早く食べようと口を動かす。
「一弥」
 名前を呼ばれても、サラダへ視線を落としていると、電子レンジから惣菜を取り出した貴雄が、目の前に揚げ物を置く。彼は特に何か話があるわけではなかったらしく、惣菜と白飯を食べ始めた。
 普段着を着た貴雄は、スーツを着ている時とは異なる雰囲気だった。上の立場の人間であるのは疑いようがないが、よく見るとそこまで年上には見えない。ものを食べる時、人は無防備になるというが、彼は青年そのものだった。
 視線を感じたのか、口を動かしながら貴雄がこちらを見る。一弥は視線をそらさず、ただ彼を見返した。
「何だ?」
「何も」
 一弥は箸でキャベツの千切りをつかむ。
「犯して欲しいのか?」
 口へ運ぼうとしたキャベツがぱらぱらと落ちた。どういう思考回路をしているのか分からないが、怒りを通り越して呆れてしまう。
「おまえ、頭、大丈夫か?」
 貴雄は一弥の言葉に口角を上げる。
「一弥、自分の常識が通用すると思うな。俺はおまえを手に入れた。おまえは俺の所有する家で暮らし、俺の金で買った服を着て、俺の金で用意された食事をする。いい加減、立場をわきまえろ」

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