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 血気盛んそうな男に向き直った一弥は、いらいらしながら言葉を吐く。
「俺の服、用意しろよ。あと、飲み物とか食べる物もいる。それと、煙草」
 男は命令されて気分を害したのか、睨んできた。
「何だよ、おまえの仕事なんだろ」
 踵を返して格子の扉を引き、パネルをタッチする。貴雄は指紋認証で開けていたが、暗証番号入力を選択する画面もあった。携帯電話で貴雄と話し終えた男が駆けてきて、暗証番号を入力して開けてくれる。
「どうも」
「一弥さん」
 男に呼び止められて振り返ると、煙草の銘柄を聞かれた。

 自分の携帯電話がなければ会社へ連絡することもできない。一弥は煙草を吸いながら、ベランダへ出た。テーブルの上には百貨店の地下で購入したらしい惣菜が、紙袋ごと置かれている。
 テーブルの下には、やはりブランドものの紙袋が並んでいた。一弥は適当に衣服を身につけて、ミネラルウォーターとパンとサラダで腹を満たした。外は昨日と同じく蒸し暑い。
 手すりに体をあずけて、下を見た。おそらくここから落ちたら、命はないだろう。昨夜のようなことがまた起こるなら、今、ここから飛び降りるほうがいい。だが、一弥は自分の中の変化に気づいていた。
 昨日は死んでもいいと諦めがついていたのに、今日は貴雄への怒りが燃えている。空っぽで、存在が消えても誰も悲しまない自分には大した価値はない。だが、ちっぽけな自分の矜持を、彼は傷つけた。一弥にはそれが許しがたいことに思えた。
 同時に、もしかして貴雄の狙いはそこなのか、と深く考えてしまう。投げやりだった自分を今ここに留めているのは、間違いなく彼への怒りだ。それを見越して、昨夜ああいう行動に出たのなら、一弥は怒りよりも恐怖を感じる。
 飲食業は年中無休で残業代のつかない残業も多い。一弥は久しぶりに、布団の中で寝て過ごす以外の休日を味わった。体は疲れているが、大画面テレビをソファに寝転んで見るという、怠惰な過ごし方は、不思議と一弥を満たした。
 知らぬ間にうとうとしていると、玄関から人の声が聞こえてくる。貴雄と彼に続いてメガネの男が入ってきた。大きな荷物というほどではないが、袋を抱えている。
「あ、本当にいますね」
 メガネの男は、「山中だ」とあいさつをしてきた。一弥はとりあえず軽く頭を下げる。
「飛び降りなかったな」
 貴雄が一弥の隣へ腰を下ろした。激しくいら立って、一弥は立ち上がり、ソファの隅へ座り直す。
「ずいぶん嫌われてますよ」
 山中が言うと、貴雄は笑った。
「無鉄砲と言うか、浅慮と言うか、これくらいのほうが可愛げがある」
 それは自分のことか、と一弥はまた腹が立った。
「本当だ。何か可愛い」
「ダメだぞ」
「分かってますって」
 山中は袋を置くと、玄関へ行き、男達を中へ入れる。男達はそれぞれ、ダンボールや買い物袋を抱えていた。ダンボールの中身は分からないが、飲料水や食料品はキッチンへ並び、手際よく冷蔵庫へおさめられていく。
「マルイフードシステムだったか? 連絡入れておいたぞ」
「何の?」
 自分の勤めている会社名を出されて、貴雄を見た。
「退職の連絡だ」
 世界が揺らぐ感覚に、一弥はその場にしゃがみ込む。人の人生を何だと思っているのろう。だが、貴雄だけを対象に恨むのはおかしい気もする。元はと言えば、彼女が原因だ。
「……サトウは? 見つかった?」
「いや。だが、おまえはサトウとは無関係だろ」
「見つからなかったら、俺を殺すんだろ?」
 立ち上がって、貴雄を見上げた。彼は破顔してこたえる。
「おまえを生かすも殺すも、俺の勝手だろう?」
 ぐっと詰まった胸から、悔しい思いがわき上がり、喉と目が熱くなる。一弥はくちびるを噛み締めて、右の拳を振り上げた。

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