just the way you are 番外編10/i | ナノ


just the way you are 番外編10/i

 インターホンの音で目が覚めた。夏輝はベッドの上で体を起こす。まだ間取りを覚えていないが、右手に触れたカーテンを引くと、月明かりが入った。それでも、部屋の電気のスイッチの場所までは分からず、そのまま扉へ向かう。
 玄関のほうから話し声が聞こえた。扉は半開きにして、耳を澄ますと、直太と御堂の声がした。警察に嘘をついた。通帳の件は話せなかった。あれで友則がしばらくの間、何もしてこないなら、金は惜しくないと思ったからだ。その嘘が直太に知られたかもしれない。
 夏輝は左手でドアノブを握っていたが、その手を左脇腹へ移動させた。ずっと考えないようにしていたのに、友則と再会してから、あの夜のことばかり思い出す。刃先が皮膚を破り、中へ入ってくる感覚と目の前で自分の手を握り、ナイフを押し進める彼の瞳に、夏輝はその場に座り込んだ。
「夏輝先輩?」
 廊下を駆けてきた直太が、手を伸ばして触れてくる。
「痛いですか?」
 手を重ねて脇腹へあてた直太の瞳は、優しく、気遣う色合いだった。思わず腕を伸ばして彼を抱き締める。
「俺……おまえがいないと、眠ることもできなくて」
 右の頬にあたる直太の耳朶が冷たくて、心地良くなる。先ほどまで感じていた恐怖が消える。
「生きることもできなくて」
 どうしよう、と続けた。もっと考えてから、話せばいいのに、と後悔した。直太に話すべきことは他にもあるからだ。だが、彼は小さく笑って、背中に手を回してくれた。
「どうしようって、俺も先輩がいないと生きられないから、どうしようって感じです。とりあえず、何か食べます?」
 頷くと、直太が両腕を脇の下へ入れたまま、立たせてくれた。
「おかゆとうどん、どっちがいいですか?」
 リビングダイニングにある小さなテーブルの前に座ると、直太はキッチンへ行き、冷蔵庫を開けた。
「どっちでも、作りやすいほうでいい」
「じゃあ、レトルトのおかゆ、温めます」
 ありがとう、と礼を言い、視線の先に入った小さなSDカードと自分の通帳を見つけて、それに手を伸ばした。
「さっき、御堂さんが持ってきてくれたんです」
 プラスチックのスプーンとお茶を運んできた直太が、向かいに座る。
「これ」
 直太が頷く。
「俺のも入ってます。あ、俺は見てないです。御堂さんと御堂さんが依頼した人が確認のため、見たそうです」
 夏輝はSDカードではなく、通帳を手にした。直太がSDカードに保存されたデータを見ていないと言いきってくれて良かった。すべてが終わった後の姿を見られていても、あの最中は見られたくなかった。通帳の中を開くと、預金していた金額がそのまま残っている。自分のためというより、直太のために置いていたものだから安堵した。直太は立ち上がり、キッチンで作業を続けながら、口を開いた。
「警察はやっぱりあんまり動いてくれなかったみたいで、御堂さんが依頼した人が見つけてくれました。今も拘束してるそうです」
 みそ汁の椀に入ったおかゆが運ばれてくる。
「友則は、警察に捕まる?」
 冷めないうちに食べてください、と言われて、夏輝はプラスチックのスプーンを袋から出した。一口だけ口へ運び、直太の言葉を待つ。
「捕まっても、罰金刑だけかもしれません」
 夏輝は友則の父親の状況を考え、今の彼にとっては罰金刑でも苦しむかもしれないと思った。
「夏輝先輩、どうして、通帳のこと、警察に話さなかったんですか?」
 被害届に嘘はついていない。だが、すべての被害を申告していない。夏輝が視線を落とすと、直太の手が通帳をつかんだ。



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