just the way you are 番外編7 /i | ナノ


just the way you are 番外編7/i

 小雨が降りはじめたが、窓を閉める必要はなかった。直太はリビングダイニングの隅に置かれたダンボールへ視線を向けた後、真ん中に置いたテーブルに触れた。これまで住んでいた部屋ではちょうどいい大きさだったが、ここでは小さい。インターホンが鳴り、直太は玄関へ続く廊下を歩いた。引越し業者が丁寧にはりつけていた養生テープの端が落ちていて、それを拾い上げてから、扉を開ける。
「昼、食べた?」
 金沢が聞きながら、靴を脱ぎ、入ってくる。
「少ない。これで二人分?」
 リビングダイニングまで入り、振り返った金沢は、驚いた様子で声を上げた。
「もともと、狭い部屋に住んでましたからね」
 そうか、と頷いた彼に、直太は言葉を続ける。
「俺、お昼まだですけど、先に御堂さんにお礼を言いに行こうと思ってるんです」
「そうなの? でも、成悟、打ち合わせ入ってるから、今日は夜まで無理かな」
 御堂成悟は金沢の恋人であり、金融系の会社を経営している。金沢を通して二度しか会ったことがないにもかかわらず、事情を話し、相談したら、セキュリティのしっかりしているこのマンションへすぐ引越しの手配を取ってくれた。
「そうなんですね。じゃあ、とりあえず、金沢さんにお礼としてお昼、おごります」
 財布を持つと、金沢はあまり表情を変えずに首を横に振る。
「大学生からおごってもらうとか、ない。それに」
 スマートフォンの着信音が響く。直太は軽く頭を下げて、母親からの電話を受けた。夏輝が目を覚ました、と教えてくれる。救急車で運んでから三日が過ぎていた。慌てて電話を切り、金沢へ謝りながら、靴を履く。のんびりした様子で追いかけてきた彼は、一緒に部屋を出て、エレベーターへ乗り込んだ。
「すみません。俺、すぐ病院、行きます」
「うん、送る」
 金沢はジーンズの前ポケットから車の鍵を取り出した。
「そんな、悪いです。駅も近いし、電車で行けます」
「車のほうが早い」
 そう言って、金沢は強引に直太の腕をつかみ、地下駐車場まで降りた。彼は細身だが、夏輝より背は高い。夏輝も彼のように、ためらわずに触れてくれたら、と考え、直太は小さく息を吐いた。誰かと比べるなんて、馬鹿げている。
 国産の高級車に乗り込むと、金沢は慣れた手つきでナビゲーションシステムに病院名を入力した。電車だと二十分以上かかるが、車だと十分程度で到着するようだ。
「俺も免許、取らなきゃ……」
 直太の独白に、金沢が、「すぐ取れる。俺でも取れたんだし」、とかすかに笑った。病院の駐車場に車を置いた後、彼は一階の喫茶店のほうへ歩き出す。
「コーヒー飲んでる」
 金沢の気遣いに礼を言ってから、直太は夏輝のいる病室へ向かった。
 大部屋の扉は開いており、直太は入ってすぐ左側のベッドへ向かう。カーテンは閉まっていたが、中をのぞくと、椅子に座っている母親のうしろ姿が見えた。
「お母さん」
 振り返った母親の目が少し赤い。
「看てくれて、ありがとう。夏輝先輩は?」
 二歩、三歩と進む。夏輝は目を閉じて、眠っていた。そっと赤くなっている目の下へ触れる。夏輝が目を開けて、視線をこちらへ向けた。青紫になっている殴打された箇所が痛々しい。彼が眠っている間も、この傷痕を見ては、腹の底が熱くなるような、自分への怒りを感じた。
「なお……」
 夏輝の声音は安堵ではなかった。心配事がある時の不安な声だ。直太は頬に触れ、彼の手を握った。
「データ、けして、もらう。なおが、うつってるの、ぜったい、けしてもらうから」
 直太の親指を濡らした夏輝の涙があふれて、彼の目尻へと流れていく。体の状態を無視して、自分を守ろうとする健気さに叫びたくなった。かつて十六歳だった直太も、無謀な逃避行をして彼をこういう気持ちにさせたのだろうか。それなら、お互い様だと思って、自分たちの互いを補いあう関係に笑みを浮かべた。



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