just the way you are 番外編1/i | ナノ


just the way you are 番外編1/i

 夏輝の体が半分、自分の体に重なっていた。直太は仰向けで、彼はうつ伏せている。布団からはみ出している白い肩へ鼻を寄せると、せっけんの香りがした。とたんに、下半身まで目覚めた。直太は溜息をつき、もう少しこのままでいたいから、考え事を始める。

 大学三年生になり、一ヶ月が過ぎた。大学合格後、両親からは夏輝との同棲を反対されていた。そのことで、夏輝も両親からは相当ひどいことを言われたようだが、具体的に何を言われたのか、彼はいまだに何も話さない。ただ、大学に入ってからの冬休みは毎年、一人で帰省しなければならなかった。
 直太は十二月三十日に生まれた。だから、年末年始は夏輝と過ごしたい。それに、帰る実家のない彼を一人にしたくなかった。それでも、同棲の条件として、年末年始は直太を実家に帰すことを約束した、と言われると、その義務のような重荷を彼一人に抱えさせてはいけないと考えてしまう。
 穏やかで安定している生活は、薄い膜に覆われている。夏輝は友則のことも、あの夜のことも忘れたようにふるまう。本当に忘れていて、生活を楽しむようになると、悪夢はこっそり忍び寄り、彼を闇の中へ戻そうとする。
 一年ほど前は、ビーフシチューに入れようとした赤ワインだった。夏輝はプラスチック容器に入っている安い赤ワインを購入し、それを鍋の中のビーフシチューへ少しずつ足そうとして倒れた。突然のことだったが、直太はすぐに対処して、彼の体を抱えた。すると、彼は悲鳴を上げて、腕から逃げ出した。狭い部屋の中で隠れる場所を探しながら、嘔吐する彼を見て、「悪い子じゃないと分かってる」と言った母親の言葉を思い出した。彼女は、こう続けた。
「でも、色々あったから、大変よ」
 やめて、と繰り返し、泣きながら吐き続ける夏輝を見つめた。眠ることができない、と教えてくれた時も、彼の瞳は苦しげで、触れたらすぐに倒れそうなほど弱っていた。確かに大変かもしれない。彼がラブホテルで言ったように、一緒に生活して、嫌なところを見ていく中で、面倒になるのかもしれない。
 夏輝の苦しみをすべて取り除けたらいいのに、と直太は思った。ゴミ箱を持って、夏輝へ近づき、そっと彼の背中へ触れた。
「先輩、大丈夫です。全部、吐いてすっきりしたら、少し休みましょう。俺、赤ワインの入ってないビーフシチューも好きです」
 テーブルの下にあったティッシュの箱を引っ張り、顔を上げた夏輝へ差し出す。
「なお」
 ティッシュで口のまわりを拭いた夏輝は、先ほどの混乱を忘れたかのように、料理番組の話をした。
「シチューに、赤ワイン、入れたら、おいしくなるって」
「そうなんですね。先輩の料理はどれもおいしいです」
 夏輝の背中をなでながら、返事をする。彼は嗚咽のせいで呼吸が乱れていた。
「お水、持ってきます」
 ベッドの足元にあった嘔吐を避けて、冷蔵庫からペットボトルの水をつかんだ。その時、ひそひそと聞こえてきた言葉がよみがえった。あれは、友則を殴った日だ。夏輝の退学理由の一つに飲酒が含まれていた。
 ベッドの足元を掃除している夏輝は、いつも通りの彼に戻っている。水を差し出すと、苦笑と謝罪を繰り返した。

 思わず、夏輝の左手を握った。強く握りすぎて、彼を起こした。
「なお? おはよう……泣いてる?」
 右手をベッドについて、体を起こした夏輝は、その手で頬に触れてくる。彼の鎖骨から胸のあたりまで、彼を愛したしるしが残っていた。薄く赤いしるしに触れて、直太は指先で彼の輪郭をたどる。
 二十歳になってからも、飲み会の誘いは断っている。アルコールは決して飲まない、と決めている。直太は夏輝の存在を確かめながら、この薄い膜が破れても、そこからあふれるものすべてを受けとめると心の中で誓った。



36 番外編2

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