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 学校のことを聞くと、いつも同じこたえだった。いつだったか、学校は楽しいか、と尋ねたことがある。直太の返事は、「まぁ、楽しいです」だった。少しも楽しくなさそうだと思ったら、「夏輝先輩といるほうが、ずっと楽しいですけど」と続いた。だから、夏輝は問いかけないようにした。おそらく彼にとっても、週末までは長く、時々、苦痛を伴うこともある時間だと理解したからだ。
 定食屋のアルバイトは、忙しい。最初は覚えが悪かったせいで、よく怒られた。直太は食事のことを心配していたが、昼のまかないのおかげで、夜は少量で済む。たいていは、インスタントのみそ汁に豆腐を増やし、近くのスーパーで値引きになっていたサラダ類をつまんだ。
 夏輝は狭い台所で、揚げ物の準備を始める。今春から大学生になった直太は、一人にしないと約束してくれた通り、ここで暮らし始めた。もう少し広い部屋へ引っ越しても良かったが、この部屋が夏輝のアルバイト先と直太の大学のちょうど中間にあり、他にいい物件を見つけられなかった。当面はここで暮らそう、と結論が出るまで、時間はかからなかった。
 直太の持ち物が増え、部屋はいっそう狭くなったものの、夏輝は今の暮らしに満足している。眠ることができない夜は減り、うなされていても、彼がずっとそばにいてくれる。いつか、あの夜のことや、友則と付き合うことになった安易な自分の言葉や考えをすべて、彼に話したいと思っている。話しても、彼は必ず受け入れてくれるという確信があった。
 衣がキツネ色になる頃合いを見ながら、夏輝は直太の瞳を思う。自分を一切疑わない瞳に映る自分を見る時、たった一人、愛してくれる人に認められることが、どれだけ大きな意味を持つのか理解できた。
 冷蔵庫からポテトサラダを取り出し、小皿へ移す。アルバイト先で一通りの調理を習ったが、すべてを手作りするには時間がなく、台所が狭すぎる。直太は食べ盛りで、何でもおいしいと言って食べてくれるから、台所が広い部屋へ引っ越したら、彼の好物を毎日作りたいと思った。
「ただいま」
 おかえり、と振り返ると、直太は靴を脱ぎ、鞄を玄関のすぐそばへ置いた。
「からあげのにおい。お腹、すいたなー」
 小さく笑った直太は、洗面所で手洗いとうがいをしてから、夏輝へ手を伸ばした。一度、風邪をうつしたことを後悔していて、外から帰ると触れる前に必ず手洗いとうがいを済ませた。夏輝はキスを受けてから、湯をわかし、インスタントのみそ汁を作る。
 うしろに立つ直太を見上げて、夏輝は溜息をついた。
「また背、伸びた?」
「え、さすがにもう伸びてないと思いますけど」
 夏輝はマグカップに湯を注ぐ。
「何か、俺達、並んだら、新しい鉛筆とちびた鉛筆みたいに見えそう」
 頭上から笑いが弾けた。
「変なたとえ、やめてください。俺だったら、そうだな、コンパスみたいって思います」
 直太を見上げると、彼は、いつものようにぎゅっと抱き締めてくる。
「俺達なら、完璧な円が描けます」
 それも変なたとえだと思い、夏輝は声を立てて笑った。おかしなたとえなのに、なぜか視界がにじんでくる。完璧な円は一点では描けない。だが、軸となるもう一点があれば異なる。直太は軸であり、消えない灯火の芯だ。
「さ、みそ汁が冷めちゃいますよ。用意してない俺が言ったらダメだけど、早く食べましょう」
 あぐらをかいた直太の正面へ座り、夏輝は今まで同じ気持ちだとしか返さなかった言葉をきちんと伝えた。
「あのさ、俺も、なおのこと、すごく、すごく好きだから。なお以外、何もいらないくらい、好きだから」
 からあげを頬張り、口を動かしながら、涙を流す直太を見て、大型のリスみたいでかわいいと思った。何も解決していない。何も乗り越えていない。ただ、遠回りして、迂回しているだけだろう。それでも、彼と一緒なら、辛いことよりも楽しいことを数えて、生きていけると思い、夏輝はほほ笑んだ。



【終】


35 番外編1(3年後)

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