just the way you are35 | ナノ





just the way you are35

 明け方と夜は寒い。直太は眠っている夏輝の肩まで布団をかけ直す。彼の部屋から運ばれてきたベッドは狭いが、直太も先ほどまで隣で眠っていた。そっと頭をなでても、彼は起きる気配を見せない。
 あまり眠ることができない、と夏輝が話してくれた時、信頼されていると実感できて嬉しかった。どうしたらいいか、と聞いたら、用意されている寝袋ではなく、一緒にベッドで寝て欲しいと言われた。
 自分がいない、日曜の夕方から金曜の夕方まで、夏輝が綱渡りをしているように思えて怖くなる。アルバイトに没頭した後、疲れて帰ってくる場所は、この八畳の部屋だ。最初はテレビもDVDプレーヤーもなかった。直太が映画観賞を理由に買わせたものだ。隣や上の住人による生活音と窓を開ければ外からの音が聞こえるが、自ら発する音がない状態は良くない。だから、直太は一日一回は電話をかける。理想としては、テレビをつけて面白い番組でも見て、笑ってくれることだが、おそらく彼は自分がいなければテレビもつけないだろう。
 昨日、陸上部に入らないのか、と尋ねられて、直太は少しあせった。夏輝は部活に入ったことがないから、朝や休日に練習することを知らない。走ることは好きだ。陸上部の顧問からも入部して欲しいと言われた。だが、この週末の時間を壊すことは避けたい。
 冷蔵庫の中から水を取り出して、直太は夏休みが明ける前の十日間を思い出す。この部屋を見つけた後、残高の記載された通帳を出しても、夏輝自身の契約にすることはできなかった。仕方なく、彼の父親へ頼んだが、契約書を持って家から出てきた彼はくちびるの端から血を流していた。
 一緒に家へ入っていれば、と後悔している直太に、夏輝は苦笑して、彼の父親が契約してくれたと報告した。彼はその苦い笑みを、引越し業者が見積もりに来た時も浮かべていた。業者だけ中に入り、彼は外で待っていた。どうして中に入らないのか、察することはできた。
 引越しは二学期に入ってからだったため、直太は何も手伝うことができなかった。部屋に入居するまでの間、夏輝はカプセルホテルに泊まり、引越し後、すぐに今のアルバイトを探してきた。少し休んでから働けばいいのに、と言えば、何かしていないと嫌だと返ってきた。
 体を動かして、仕事に没頭すれば、気が紛れるのだろうか。直太は空に近い冷蔵庫を見るたび、夏輝のことが心配になる。冷たくて、寒々しくて、満たされていない。学校にいる間、いつも彼を思った。
「山崎」
 振り返ると、ベッドの中から夏輝がこちらを見ていた。
「もう起きる?」
 直太は首を横に振り、彼の隣へと戻る。向かい合い、抱き締めるように彼の体へ手をまわすと、彼も左手を背中へとまわしてきた。
「先輩、俺、冬休みはこっちに帰るから」
 目を閉じた夏輝に話しかける。彼はすぐに目を開けた。
「……家に帰らないのか?」
「先輩と過ごしたいです」
 額へキスをしたら、彼は少し赤くなり、小さな声で、「いいよ」と言った。
 付き合いが悪いと評されている。前の学校で暴力事件を起こした。それは事実だから、否定していない。面白半分に告白してくる生徒を避けて、夏輝のいるこの部屋へたどり着く時、直太もまた彼に救われているのだと分かってほしい。雑音ばかりの世界で、彼の声だけが心地の良い音だった。
 どんなに言葉を重ねても、実力を伴わなければ嘘になるだけだ。だから、直太は言葉の代わりに夏輝を抱き締める。ともに過ごす時間が、いつか彼の傷をいやして、彼自身を満たすことができるように、と願っている。
「山崎、俺……」
 ごめん、と続く言葉は予想通りだから、直太は先にキスをして、その言葉を遮った。一緒に生きていくと決めたのは、謝罪を聞くためではない。そっと手を滑らせて、彼の脇腹の傷をなでる。何もかもが必然でたいしたことではなかった、と振り返る日は来なくていい。ただ、出会えて良かったとほほ笑み合えたらいい、と直太はもう一度、目を閉じた。


34 36

main
top


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -