just the way you are33/i | ナノ


just the way you are33/i

 細い肩を震わせて泣く夏輝を見ながら、早く大人になりたいと思った。これからもこんなふうに泣く日々を、彼は一人で越えていくのだと考えると、高卒の資格も大学進学もどうでもよくなる。だが、彼がそれを望むなら、彼のためにやり遂げようと決めた。
「夏輝先輩、あと十日で退院なんですよね?」
 頷いた夏輝は、涙を拭う。直太はその手を取り、リュックサックを肩かけて、立ち上がった。カフェスペースから離れたところで様子をうかがっていた両親の前まで歩く。
「高校、行くよ」
 その一言で両親の表情が変わった。
「寮にも入るし、大学だってちゃんと行く。でも、夏輝先輩との付き合いはやめない。最初の条件どおりだから」
 夏輝はずっとうつむいていた。母親が口を開きかける。直太は彼女をにらんだ。
「あと十日しかないって言ってただろ。俺は先輩のこと手伝うから、手続きは任せる」
「直太……」
 父親の落胆した瞳を見て、どうして夏輝はいけないのか、と尋ねたくなる。本人を前にしてする話ではないから口を結んだが、息子が同性愛者であることを受け入れているのに、夏輝以外でなければいけない、という条件をつけた両親に、直太は怒りを感じていた。
 踵を返して、夏輝の手を引き、病室へ戻る。エレベーターの中では二人きりだった。右手に巻かれた包帯に触れた彼が、「痛い?」と聞いてくる。
「あいつを殴った手は、もう痛くないです。でも、先輩が受けた痛みを思うと、痛いです。あいつは退学にならないし、罰も受けない」
 エレベーターがゆっくり上昇する。直太は数字を目で追った。
「ずっと考えてました。俺は十六で、親に権力もないし、金持ちでもない。あいつを殺してもいいけど、そうしたら、先輩のそばにいられなくなる。だから、たぶん、すごく弱い攻撃だったけど、俺、あいつに、俺が先輩を幸せにするって言いました。あいつは馬鹿にして笑ってた。実際、先輩と俺が失ったもののほうが大きいし。でも、先輩が本当に幸せになったら、この攻撃は、たぶん、一番効果のある復讐だと思います」
 夏輝の病室がある階にとまる。歩き始めると、夏輝がしゃがんだ。左手で顔を覆っていたが、指の間から涙が落ちて、床を濡らした。
「夏輝先輩、あと十日の間に部屋だけは契約しておかないと。仕事はそのあとに探せるけど、部屋の契約って保証人がいるんですよ。先輩の親がダメなら、俺の親に何とかしてもらうから、一緒に探しましょう? 新しい高校、埼玉にあるらしいんで、できれば近場でお願いしたいです。でも、先輩が東京で仕事探したいなら、部屋も東京で全然いいです」
 夏輝はまだ泣きやまず、しゃがみ込んだまま動かない。
「そうだ、新しい携帯、契約してください。俺、先輩のスマートフォン、壊しちゃったんです。あ、あの契約ってちゃんと解約に行かないといけないですよね」
 ようやく顔を上げた夏輝に、直太はほほ笑んだ。
「いっぱいやることありますよ。靴も服も持ってきました」
 また泣き出す夏輝は、何度も、「ごめん」と口にした。彼が謝罪しなければいけないことは何もなかった。直太が彼の口から聞きたいのは、別の言葉だが、それ聞けるのはまだ先だろうと思う。
 直太は夏輝のことを横抱きにした。体重の差は身長以上だ。学校でも、彼が食べているところをほとんど見ていない。足で病室の扉を押さえて、中へ入り、彼をベッドの上へ座らせる。リュックサックから靴を取り出すと、彼は小さな声を出した。
「隠しておきました。夏輝先輩が大事に履いてくれたから、少しも汚れてないです」
 夏輝の横に、新しい靴下とシャツを置いた。目の周りを赤くした彼は、脇腹を押さえながら、靴を取ろうと体を曲げる。直太は彼のために、靴を持ち上げた。
「履きますか?」
 直太は夏輝が頷いてから、白いスニーカーを履かせた。彼は足元を凝視した後、ベッドを降りて、直太を抱き締めてくる。汚れていないか、と尋ねてくる小さな声に、直太ははっきりと、汚れていない、きれいなままだ、とこたえた。



32 34

main
top


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -