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 金曜日の夜、だいたい十九時半くらいに、夏輝は駅前で直太を待つ。自転車から降りて、ハンドルを握ったまま、明るい駅の出入口を眺める。人の往来は活発だが、その中から彼を見つけることは簡単だった。
 リュックサックを背負った直太が、こちらを見て、右手を軽く挙げる。駅から部屋までは、歩いて三十分程度だ。途中でコンビニエンスストアに寄り、弁当を買った。それから、DVDを借りる。部屋へ到着する頃には二十二時を回っている。
 八畳の部屋はベッドとキューブボックスと小さな丸テーブルを置いたら、他には何も置けなくなった。ベッドを背もたれにして、直太の手を握る。夏輝は最後まで映画を見たことがなかった。遅めの夕飯の後は心も体も満たされて、すぐに眠くなる。彼の手が髪をなでた。大丈夫だ、と安心する自分がいる。このまままどろむ、幸せな時間が続いてほしい。夏輝は彼の肩へ擦り寄り、体をあずけた。
 直太は埼玉にある全寮制の高校から、毎週金曜に夏輝の住む池袋まで来てくれる。四十分で着くと言われたが、高校から駅まではバスも使っているようで、彼の毎週の負担を考えると申し訳ないと思う。
 ビジネス街の定食屋でアルバイトをしている夏輝は、週末を待ちわびて、週五のシフトを乗り切っていた。最初は眠ることができず、疲れたら眠くなると考えていた。だが、実際には今も眠ることができない。一人でベッドに横になる時、目を閉じると、あの夜のことが映像のように再生される。あいまいだった部分が、日を重ねるごとに鮮明になった。
 だが、直太が泊まりに来て、一緒に眠ってくれると、夏輝は何も見ないで済んだ。いつの間にか朝になり、彼が優しいキスで起こしてくれる。一人で生きていけると思ったのは間違いだった。
「ちゃんと食べてるんですか?」
 少し責めるような口調で、直太が冷蔵庫の中を確認した。部屋に最初から備えつけられた小さな冷蔵庫には、最低限の物しか入っていない。夏輝は頷いたが、彼は牛乳パックを取り出して、「嘘つかないでください」と苦笑した。賞味期限は三日前に切れている。
「それは、たまたまだから」
 直太がシンクへ牛乳を流し終えた後、夏輝は彼へ腕を伸ばし抱きついた。
「甘えてごまかそうとしないでください。ごはんの写メ、毎回、送ってくれるほうが安心です」
 そう言われて、夏輝はそんな面倒なことをしたら、いつか直太が愛想を尽かすと思った。眠れない夜はいつでも電話をしてもいいと言ってくれたが、高校生の彼を真夜中に起こすことはできない。彼の温かい指先が、目の下を軽くなでた。
「公園、行きますか?」
 夏輝は頷き、衣装ケースの中からTシャツと薄手のパーカーを取り出した。直太にはハーフパンツとTシャツを用意する。ふふっと彼が笑った。どうしたのか、と尋ねると、「先輩が俺の奥さんみたいで」とまだ笑っていた。夏輝は照れ隠しに、スマートフォンと財布を探しながら返す。
「奥さんはそっちだろ。俺の食生活まで管理しようとする」
「そうですね」
 直太は上機嫌の声だった。外は秋晴れで、夏輝は自転車に乗り、軽く走り始める直太の少しうしろを追いかける。彼はまったく息を乱さず、時々、話をしながら進んだ。公園までは徒歩で一時間ほどかかる。彼の走る速度だと、半分ほどの時間で着く。そのまま公園内を一周してから、自動販売機で好きな飲み物を買い、少し休んだ。
「山崎は本当に走るの、好きなんだって分かるよ」
 自転車を停めて、芝生に座った後、夏輝はお茶を少しだけ飲んだ。
「好きですよ」
「陸上部に入らないのか?」
 直太は今の高校で部活動をしていない。疑問に思い、尋ねると、彼はスポーツ飲料を飲みほしてから返事をした。こちらに握った拳を見せて、人差指を立てる。
「走ることが好きで」
 次に中指を立てた。
「先輩が好き」
 ちょうどピースサインの形になり、彼は笑う。
「二倍、楽しいから、先輩と走ります」
 額に汗を浮かべた直太に、タオルを差し出す。キスをしたいという衝動を抑えたら、彼は笑って、タオルを夏輝の左手にかけて、その下から彼の右手を滑り込ませた。


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