just the way you are32/i | ナノ


just the way you are32/i

 直太が訪ねてくる夢を見てから、一週間が過ぎた。あれはとてもリアルな夢だった。つい本心を漏らしたが、夢の中の直太は優しかった。夏輝は引き出しの上に折りたたんであるタオルを手にする。直太のような気がしたが、スマートフォンがなくなっていたから、おそらく西城家の弁護士か警察が持っていったのだと考えていた。
 夏輝はベッドから降りて、鍵のついた引き出しを開け、中の小銭を手のひらに握った。スマートフォンが消えた後、現金の入った紙袋はこの引き出しで保管していた。今の夏輝にとっては大切な金だった。
 一階の受付まで行き、公衆電話を利用する。自宅の電話番号と母親の電話番号は覚えていた。夏輝はコール音を静かに聞き、しばらくしてから受話器を置いた。退院は十日後で、新学期が始まる日だが、それより早く出てもいいと言われていた。今は点滴も必要ではなく、病院内を歩きまわるだけの体力はある。だが、衣服や靴がなかった。最終的には誰かに頼んで買ってきてもらうしかない。
 病室へ戻ると、扉が開いていた。うしろ姿を見て、一瞬、両親が来てくれたと思った。振り返った二人は、直太の両親だった。
「こ、こんにちは」
 夏輝は小さな声であいさつをして、恐縮しながら、二人へ椅子を勧めた。二人が座った後、夏輝は彼らの前に跪く。少し腹が痛んだが、すでに傷口はふさがっており、大した痛みではなかった。直太の父親は磨かれた革靴を履いていた。母親のほうはきれいなクリーム色のパンプスだ。夏輝は自分の白いスニーカーのことを思い出した。雨風にさらされているかもしれないが、まだあの場所にある気がした。
「実はお願いがあって来ました」
 直太の父親にそう言われて、夏輝はそっと視線を上げる。だが、彼らの顔を見ることはできない。どんなふうに思われいるのか、分かってはいるが、実際、目にして再確認することは怖い。
「息子を説得してください。あの子も退学になりました」
 夏輝は彼の父親を見上げた。経緯を聞かなくても、自分のせいだということは彼の目を見たら分かる。夏輝はすぐに視線を落とした。
「二学期から新しい学校へ転入できるように、手続きしているんですが、きみと東京へ行くと言って……きみから説得してもらえないだろうか?」
 直太の父親はとても理性的な人だと思った。自分の父親とは正反対だ。彼の母親も言いたいことを飲み込んで、耐えている。今さらだったが、自分は彼の家族関係まで壊しているのだと実感した。
「あの、できること、何でもします。山崎君にも、ちゃんと話して、か、彼の将来のために、正しい選択をするように言います」
 夏輝は右手で脇腹を押さえる。直太の退学を回避できなかった。だが、彼にはまだ受け入れてくれる高校があり、閉ざされていない未来がある。
 直太の両親とともに、一階にあるカフェへ入った。窓際の隅の席に、直太が座っている。両親に頷かれて、夏輝は席まで歩いた。
「山崎」
 顔を見たら、抱き締めてほしいという衝動に駆られた。直太の右手に巻かれた白い包帯が、その衝動を最小限に抑える。何があったのか、聞く必要はなかった。夏輝は直太の向かいに座った。
「山崎、夏休みが終わったら……」
「一人にしません」
 夢の中では子供のように泣いていた直太の瞳には、力が宿っていた。
「絶対に一人にしない」
 夏輝は小さく息を吸い込んだ。それから、息をとめてしまいたいと思った。息を吐いたら、すべて涙になってあふれてしまう。
「親がどう言ったか分からないけど、転校先は全寮制です。毎週金曜日の夕方に外出届を出して、夏輝先輩のいる場所へ帰ります。二年と少し頑張って、大学に入ったら、夏輝先輩と一緒に住みます。四年、頑張ったら、夏輝先輩との生活を守るために働きます」
 夏輝が涙を拭うために手を顔へ近づけると、直太が手を伸ばして、そのまま握った。彼の両親がどこかから見ているはずだ。直太は手を離そうとしたが、彼はしっかりと握っていた。
「ちゃんと、高校に行くってこと?」
 何とか言葉にしたら、直太は頷いた。
「行きます。夏輝先輩のためなら、何でもします」
 そう言って直太は少しだけ笑い、手を離してくれた。



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