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 泣きながら、こちらを見る夏輝の瞳を見つめ返して、直太は右手で彼の頭をなで続けた。
 もう、山崎が助けてくれたから、と彼は言った。一度は逃げて、彼を生徒会室に置いてきたのに、そのことを責めもしない。警察から話を聞いた時、予感していたことは、彼を目にして確信へ変わった。
「先輩、少し眠ってください」
 直太は夏輝の濡れたまぶたへ少しだけ手を置いた。病室を見まわしてタオルを探したが、タオルも衣服も一枚もない。
「売店に行ってきます」
 夏輝が頷き、目を閉じた。テーブルの上にあった袋の中をそっと確認する。新しい下着が入っていた。彼の両親はまだ訪れていない。病室を出る時、振り返ると、彼は目を閉じていた。扉を完全に閉めてから、直太はまた泣きそうになるのをこらえる。口元を押さえて、天井を見上げた後、彼にタオルを用意するため、売店のある一階へ向かった。
 濡れたタオルをまぶたの上に置いても、夏輝は目を覚まさなかった。直太は薄い布団をかけてやり、自分の確信が正しいか確認するため、紙袋へ手を伸ばす。最初に見えたのは八千円だった。その下に帯封が付いた札束があった。一束だけ帯封が切れていて、夏輝が一万円札を持ち出して、売店で使ったと分かった。ペットボトルの水と下着とゼリーだ。ゼリーは一口だけ食べてやめたのか、ふたが開いたまま放置されている。
 直太は夏輝のくちびるへキスをしてから、テーブルの上にあった彼のスマートフォンを持って外へ出た。電車に乗ってから、操作して、閲覧履歴に残っていた掲示板への投稿を表示する。すでに削除されたかもしれないと考えていたが、事件性がないと判断されたその投稿は、まだ残っていた。
 目に入る情報に、視界がにじむ。直太は右手で涙を拭った。タイトルは、『暴力的なレイプ希望』だったが、最初の一文で涙があふれた。夏輝の誕生日だった。また明日と声をかけたあの翌日が、彼の十八歳の誕生日だった。
 直太は人目を気にすることなく涙を流し、駅の改札を出た後、夏輝のスマートフォンを地面へ叩きつけた。何度も足で踏みつけてから、SIMカードを拾い上げて、それも地面へ落として踏んだ。
 夏輝なら絶対書かないような文面だった。能天気な文章で、誕生日だから新しいことに挑戦する、できるだけたくさんの人に祝って欲しいと続いた後、レイプ願望がある、と書かれていた。
 学校の生徒玄関に着く頃、直太の涙は枯れていた。代わりに怒りが支配していた。内履きへ履き替えず、そのまま中へ入る。何人かの生徒が驚いていた。そのうちの一人に、目的の人物がどこにいるか尋ねる。尋ねてから、馬鹿な質問だったと思った。
 涙で濡れた手で夏輝が手を握り返してきた。あの時の彼の照れ笑いと、どんなふうにレイプされたいか具体的に書かれた文章が交互に出てくる。生徒会室の前まで来た時、自分のことを嘲笑した。夏輝が好きだと言ったからだ。そのせいで夏輝はここまで貶められた。
「来ると思ってた」
 生徒会室には友則しかいない。彼は椅子に座り、机に両肘をついて手の甲へあごを乗せたまま、余裕の笑みを浮かべていた。直太は何も言わず、長机を挟んで彼の前に立ち、彼を殴った。机を倒して、彼のシャツの襟をつかみ、何度も何度も顔を殴った。抵抗しないことに気づいて、一度拳を離したら、彼は笑った。
「っ、あいつの、あそこ、に、竹刀、入れたら、泣いて、おまえの名前、呼んでた」
 友則の顔から離していた拳をもう一度振りかざし、彼の左頬を殴った。左のまぶたが腫れている彼は、右目でこちらを見てまだ笑った。
「おまえのこと、退学にしたくないって、必死こいたのに、最後はおまえ、自分で手、くだしたから、おかしくて」
 友則は口から流れた血を拭うと、左手で直太の腕を払った。
「すごい震えてた。ナイフ握ってさ、おまえを退学にしたくないからって、ほんの少し刺したんだ。でも、痛いのか、怖いのか、そこでかたまっちゃって」
 友則は、「俺が手を貸した」と言った。
 とまっていた涙があふれた。急に右手が痛くなる。友則を殴った右の拳には裂傷ができていた。言葉の意味もちゃんと理解できないまま話す子供みたいに、「おれ、ひとりで、いきていける」と言った夏輝の言葉が聞こえる。そんなことはさせない。絶対に彼を一人にしない。直太は左腕で涙を拭い、友則を連れて職員室まで歩いた。



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