just the way you are28/i | ナノ


just the way you are28/i

 目を開けたら、まぶしかった。夏輝は何度か瞬きをして、状況を確認する。無意識に左手が動いて、左脇腹へ触れた。薄くて白いシーツに包まれた布団の下に手を入れて、そこに何もないと分かり、安堵する。あのナイフはどうして自分の腹に刺さったのか、思い出そうとすると、頭が痛くなる。
 喉が渇いた。起き上がろうとして、失敗してしまう。拘束されているわけでもないのに、体が思うように動かない。ナースコールは押せなかった。押したら、また眠ってしまう気がした。夏輝は上半身だけ起こして、布団をめくった。自分でカテーテルを抜き、左足からベッドの外へ投げ出すようにして動かす。
 支えは点滴スタンドだけだ。だが、一歩も踏み出せないまま、床へ倒れてしまった。夏輝は左腕にあった点滴針を抜き、その場でもう一度、両手を着いて立ち上がろうとする。飲め、という声が聞こえた。液体の入ったビンが差し出された。アルファベットを目で読むと、ウォッカとあった。
 夏輝は右手で口を覆った。気分が悪くなる。吐きそうなのに、吐けない。
「っぐ、ぅぐ」
 涙があふれたが、口から漏れたのは音だけで、何も吐けなかった。それがとても苦しい。体は麻痺したかのように何も痛みを感じないのに、心は裂けていて、その間から涙があふれるたび、傷口に痛みをもたらしていた。
 這って、扉を引くと、長い廊下があった。花を持った見舞客が慌ててこちらへ来る。
「大丈夫ですか? すぐ、看護師さん、呼びますね」
 看護師は本当にすぐやって来て、夏輝をベッドへ戻した。前回の看護師とは異なるが、同じ病院だと分かった。彼女は水差しから水を飲ませてくれた。
「お、れ……」
 尋ねようとした問いかけにも答えてくれる。
「今日で六日目です。ご両親に会いたいだろうけど、意識が戻ったら、警察にも連絡しないといけなくて。何があったか覚えてるかな?」
 優しい言い方だった。だが、視線は鋭い。夏輝は記憶をたどった。あの夜のことをすべて思い出せない。ただ、何を言えばいいのかは分かっている。
「……じさつ、しようとした」
 夏輝が目を閉じると、看護師は何も言わずに出て行った。扉が閉まる音を聞いてから、目を開ける。友則は怒るだろう。
 同級生を刺したと知れば、父親の関心をひける、と友則は本気で考えていた。夏輝は彼以上に彼の父親を理解している気がした。彼の父親は息子の不祥事を簡単に消すにちがいない。実際、あのナイフの柄には、夏輝の指紋しかない。夏輝が握り締めて、その上から友則が握った。
 包帯の感触を確かめるように、腹へ触れる。その前の出来事は何か。腹をなでるように手を動かす。大量に短時間で飲まされた酒の臭いや味を感じた。二十人近くいた彼らに奉仕していた。
 それから、どうなったのか。涙が流れていく。何かひどい言葉を言われて、痛い思いをしたはずだ。忘れろ、と繰り返される。飲め、とはやし立てる声と同じだ。あの時、夏輝は良かったと思っていた。
「……そっか」
 夏輝は腹をなでる手をとめて、拳を握った。友則が宣言通りに竹刀でアナルを犯した時も、激痛にさらされながら犯された時も、泥酔状態に陥り、その後も続いた凌辱の最中も、夏輝は良かったと思っていた。
 直太が最初に夏輝の中へ来た。その順番は変えられない。彼が夏輝に明かりを灯してくれた。だから、良かったと思った。夏輝は何度も涙を拭う。
 意識を失う寸前、友則が夏輝のスマートフォンで直太を呼び出していた。
「住所だけ送った。でも、あいつ、ここまで来られないね」
 友則はそう言って笑った。夏輝は言葉を紡ぐことができなかったが、心の中では言い返していた。
 直太は、これからも続く人生に小さな明かりを灯してくれる夏輝の救世主だ。ここまで来なくてもいい。人生が終わる瞬間、自分に愛と光を与えてくれた彼のことを思い出すのだから、夏輝はもう救われていて、彼ももう救ってくれた。
 友則が知らない、夏輝と直太だけの秘密だ。泣いているのに、そのことを思うと笑みが浮かぶ。まだ生きていける、と夏輝はもう一度、拳を握った。



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