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 直太は、とにかく走った。駅前まで出たら、タクシーを拾えると思ったが、終電時刻を過ぎた住宅街の駅は閑散としていた。繁華街までは三駅だ。直太はためらうことなく走り続けた。走る時はいつも、距離と速度を考えてから走っていたが、今、考えているのは、夏輝のことだけだった。
 繁華街まで出てきた時、直太は言葉も発せないほど息を乱していた。駅前まで行かなくても、タクシーは何台か停車していた。すぐに先頭車のところまで駆けていく。
「っここ、まで、お願い、します」
 スマートフォンの画面を見せると、運転手は少し驚いた。
「何もないところだよ? 三十分以上かかるし……」
 直太は背中のリュックサックを隣へ置いて、呼吸をととのえた。
「お金、は、あります。先輩が、いるんで、早く、出してください」
 運転手はそれ以上、何も言わず発進した。直太はペットボトルの水を取り出し、一口だけ口に含む。もう一度、夏輝へ電話をかけたが、無意味だった。彼に何もなければいいと願ったが、それも無意味だった。
 あのまま東京で一緒にいたら、と想像してみたが、結局、夏輝のためにできることは少なく、彼の言葉のほうが正しい。早く大人になりたいと思ったのは初めてだった。
「着いたよ。このあたりなんだけど」
 運転手に言われて、直太はリュックサックから封筒を出す。
「待ってようか?」
 釣銭を返した運転手の言葉に、直太は礼を言いながら頷く。本当に何もないところだった。道路は舗装されているが、奥には森と山があり、反対側には土が盛られている。直太は明かりの見える重機がある方角へ行こうとしてやめた。森に近い薄暗い方角へ走り出す。
「夏輝先輩!」
 大声で夏輝の名前を呼んだが、彼からの返事はない。振り返ると、タクシーのヘッドライトだけが見えた。目尻の横を流れる汗を拭い、直太は夏輝の名前を呼び続ける。
 月は雲で隠れており、直太は周囲に目を凝らしながら進んだ。地面はほとんどが土だが、ところどころ雑草が生えている。雲が動いて、月が見えた。
 視線を落として、見つけたのは、白いスニーカーだった。直太が夏輝に選んだ靴だ。きちんとそろえられた靴を見て、急に寒さを感じた。
「なつき、せんぱい」
 独白しながら、ふらふらと前へ進む。あの時と同じだった。最初に白い足が見えて、直太の視線はそこへ縛られる。だが、彼の脇腹に刺さっているナイフに気づかないわけがなかった。
「先輩!」
 ずっと曇っていたのに、今は月明かりが夏輝を照らしていた。あふれてくる涙を拭いながら、直太は必死に彼の体の傷を確認する。暴行を受け、凌辱されたことは理解できた。理解はしたが、涙だけが出てきて、思考はとまっている。どうして、という問いかけを繰り返すだけだ。
 ナイフの柄を握って、それを抜こうとした。
「く……」
 とたんに夏輝の腹から血が流れ始める。直太はすぐに手を離した。
「先輩!」
 そっと夏輝の左手、人差指に触れた。冷たくて、そのまま手を握り締める。夏輝のくちびるが動いた。彼は目を閉じたまま、小さな声で言った。
「くつ、よご、さ、で」
 直太は着ていたパーカーを夏輝へかけてやり、そのくちびるへ耳を寄せた。彼はもう何も話さず、呼吸音だけが聞こえる。息が酒臭いことに気づいたが、今は彼に何があったか考えるより、病院へ連れて行くほうが先だ。直太はくちびるを結び、運転手のところまで走った。先輩の腹にナイフが刺さっているから、病院へ運びたいと伝えると、彼は驚いていたが、すぐに救急車を呼んだほうが早いと教えてくれた。
 救急車を呼んだ後、夏輝のそばへ戻った。靴が目に留まり、先ほどの彼の言葉を思い出す。直太はリュックサックの中へ靴を押し込んでから、ずっと彼の手を握り続けた。 


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