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 鍵を開けて、玄関へ入ると、リビングから両親が出てきた。二人ともまぶたが腫れていて、泣いていたのだと分かる。直太は心苦しくなったが、笑顔は見せず、くちびるを結んだ。
「直太、よかった。お帰りなさい」
 直太はこたえずに、階段を上がる。
「直太!」
 父親に呼ばれて、直太は足をとめた。
「俺、悪いと思ってないから」
 階段の途中で両親を見下ろしながら、直太は続ける。
「夏輝先輩のこと、責めたんだろ? でも、俺があの人を病院から連れ出したんだ。あの人が俺の将来のために、帰ろうって言うから、帰ってきた。それだけ」
 今度は呼びとめられず、直太は自分の部屋に入ることができた。リュックサックを置いて、冷房のスイッチを押す。そのままベッドへ倒れて、先ほどまで触れていた夏輝の手の感触を思い出す。
 また明日、と言ったら、夏輝はこたえてくれた。彼から連絡がなかったら、家まで行こうと思った。夏休みは始まったばかりだ。学校が始まるまでは、二人きりで過ごす時間を持てると考えていた。
 高校を出て、大学を卒業して、就職する。直太はうとうとしながら、将来のことを思い描いた。東京の大学へ行き、地元では就職しない。小さくてもいいから、安い部屋で暮らし、落ち着いたら、夏輝と一緒に住む。
 部屋に帰ると、彼がいて出迎えてもらえる。もちろん、逆でもいい。休みの日は昼まで寝て、彼の存在を確かめたい。彼の髪に触れ、指先でその輪郭をたどる。身をよじる彼のほほ笑みが見えた。
「直太、ごはんはどうするの?」
 扉の向こうで母親の声がした。直太は目を閉じたまま、「いらない」と返す。夢の中では、夏輝が食事を作ってくれた。みそ汁の入った鍋を見つめる彼のうしろから抱きつき、大好きだと告げると、彼は耳まで赤くして、頷いてくれる。
「……なつきせんぱい」
 スマートフォンのバイブレーションが響いた。直太は目を擦りながら、リュックサックを探す。いつの間にか眠っていた。部屋は冷蔵庫の中のように冷えている。足元にあるリュックサックの中から、スマートフォンを見つけることができず、直太は部屋の電気をつけてから、もう一度、リュックサックの中を探した。ベッドの上にあったリモコンで冷房を切りながら、右手で中身を取り出し、床へ並べる。
「あった」
 直太はスマートフォンを手にする。一度は切れたコールだが、何度も繰り返されている。着信履歴を見て、慌ててかけ直そうとしたら、再度、着信があった。応答ボタンを押して、相手に呼びかける。
「先輩? どうしたんですか?」
 勉強机の上にある卓上時計は、午前二時半を指している。こんな時間に、と思ったが、夏輝は寝そびれたのかもしれない。息づかいと喧騒のような音が聞こえた。
「先輩?」
 人の声が聞こえたが、何を言っているのか分からない。耳を澄ませると、叫び声が響いた。あまりにも大きな音で、直太はスマートフォンを落としそうになる。
「先輩っ!」
 呼びかけても、反応しない。だが、かすかに夏輝の声が聞こえた。クルマ、と繰り返し聞こえているが、よく聞けば、「来るな」と言っているようだ。
「どこにいるんですかっ? こたえてくださいっ!」
 通話が切れた。直太がかけ直しても、すぐに留守番電話サービスにつながる。無意識にリュックサックの中身を戻して、クローゼットの中から新しいパーカーをつかんだ。両親を起こさないように家を出て、どこへ行けばいいのか分からないまま走り始める。
 手の中のスマートフォンが震えた。夏輝からSMSで住所が送られてきた。市内の知らない地名だった。直太は足をとめて、地図のアプリから場所を特定する。番地のないその場所は最寄り駅もなく、建物もない。嫌な予感しかなかった。選択を誤って、進むことも引き返すこともできないような、暗闇に落ちてしまいそうな感覚だった。



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