just the way you are24/i | ナノ


just the way you are24/i

 直太の母親の声が、ずっと耳に残っている。息子を返してください、という悲痛な叫び声だ。あの子はそういう子じゃない、誑かすのはやめて、と懇願された。十六歳の恋なんて、大人になれば忘れるだろう。これから、大学や社会に出て、色々な人に出会う中で、彼が自分の存在を思い出にしてくれることを願った。
「俺は、家を出るから。心配いらない。山崎が社会人になったら、お金、返しに行くよ。それまでは……」
 自分の存在を思い出に、という願いは嘘かもしれない。夏輝はくちびるを動かしながら、まるで直太を自分の人生に縛りつけるみたいだと思った。
「それまでは、お互い、がんばって……」
 直太が触れるだけのキスをくれた。その後、強く抱き締められた。
「家から出るって言っても、先輩だってまだ卒業まで何ヶ月もあるし、大学受験も、それに、学校始まったら、またあいつに無理強いされる。一人になんてできない」
 明日の誕生日を無事に過ごせるかどうかも分からないから、友則のことは気にするな、と言えなかった。
「友則とは、ちゃんと話し合う。山崎は、本当に俺が好きで、一生面倒みてもいいって思ってるなら、なるべくいい大学に入って、いい男になって」
 最後のほうは笑いでごまかした。涙が出た。左手で直太の頬の涙を拭ってやる。忘れて欲しいと願う反面、大人になった彼との再会を楽しみに生きていく。昨日の思い出とその希望があれば、友則の前に立てる。
「帰ろう」
 もう一度、言うと、直太は涙を拭って立ち上がった。夏輝も荷物の整理を手伝う。封筒から一万円札を取り出して、清算する彼の姿と足元の新しい靴を見た。
「夏輝先輩」
 右手を伸ばした直太が、手を握ってくる。夏輝は何も言わずに左手で彼の手を握り返し、駅までの道を歩いた。新幹線の中でも、地元の駅に着いても、ずっと無言だった。
 ちょうど昼の時間帯で、陽射しが強い。駅から近いコンビニエンスストアで、直太がラムネ味のアイスを買った。昨日、食べたアイスとは別の種類で、棒が二つついており、真ん中で割れるアイスだった。セミの声を聞きながら、半分にしたアイスを食べる。
「あいつと話す時、俺のこと、呼んでください」
 こちらを見ないで言う直太の言葉に、返事をしなかった。
「夏輝先輩、約束してください」
 アイスの棒を捨てた直太は、念押しした。
「あいつと話し合う時は、俺もその場にいます」
「……分かった」
 友則と話し合えたことなどなかった。だから、友則に会う時に直太を呼ばなくても、約束破りにはならない。夏輝は自ら手を伸ばして、彼の手を握った。
「ずっとこのまま、歩けたらいいのに」
 住宅街に入ってしばらく歩いていると、直太がつぶやいた。
「前に、駅まで送ってくれた時、俺も同じこと思った」
 足をとめた直太が、道路の脇へと手を引いた。
「あの角、曲がったら、終わりです」
 夏輝はその方角を見たが、どれが直太の家なのか分からなかった。彼はためらうことなく、くちびるにキスをした。夏輝も目を閉じてこたえる。
「夏輝先輩」
 直太の手が髪や頬に触れる。彼は存在を確認するかのように、肩を抱き、背中をなで、腰のところで手をまわした。
「大好きです」
 耳元でささやいた後、直太は涙を拭い、財布から金を取り出した。
「本当に一人で大丈夫ですか?」
 夏輝が頷くと、直太はもう一度だけ、軽く抱き締めてくる。
「また明日」
「うん」
 夏輝はどんどん小さくなっていく直太の姿を見送ってから、駅へ戻り、家の最寄駅までの切符を買った。
「また明日」
 ホームに設置されたベンチへ座り込み、夏輝は独白する。明日、十八歳になる自分は、どんな大人になっているだろう。ホームに入ってくる電車を、何度も何度も見送りながら、夏輝は直太に抱かれた体を守るように、自分の体へ腕をまわし、目を閉じた。



23 25

main
top


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -