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「先に食べててください」
 自らの金縛りを解くように、何とか言葉を発した直太がシャワールームへ入った。夏輝は壁面にある大きな鏡を見て、肩へ触れる。体をひねって背中を見ると、複数のアザがあった。
 明後日が十八歳の誕生日だ。友則は今頃、怒り狂っているだろう。誕生日が終わるまで、直太と逃げ続けたら、友則に何もされずに済むかどうか考えて、分かりきった答に自嘲した。直太が連れ出したと知ったら、彼にも手を出すにちがいない。
 バスタオルを取り、新しい下着を身に着けた夏輝は、直太がテーブルに並べた弁当を見た。とても食べられない、と思ったが、それは彼も分かっているらしい。いくつかのゼリーも一緒に購入されていた。夏輝はミカンゼリーを手にして、ベッドへ座り、まだ冷たいそれを額に当てる。
「夏輝先輩」
 同じようにバスタオルを巻いて出てきた直太は、こちらを見て頬を染めた。彼の腕や足はよく日に焼けていて、夏輝も彼の体を凝視してしまった。
「あ、ゼリー食べます?」
 直太は袋をあさり、小さなプラスチックのスプーンを手にした。
「今はまだいい。それより、いつ帰る予定?」
 くちびるを結んで真剣な表情に変わった直太は、ベッドへ上がり、あぐらをかいた。
「俺、帰るつもりはないです。貯金がなくなる前に、働きます」
 夏輝は右手で口元を覆った。笑いそうになったからではなく、泣きそうだったからだ。親が聞いたら、世間を知らない子供の戯言だと思うだろう。だが、彼の戯言に込められた真剣な気持ちは、夏輝をいつも救い上げてくれる希望だ。彼は自分のために、高校を中退すると言っている。彼の人生の進路を変えて、自分と一緒に生きると言っている。
 夏輝は友則から直太を守っている気でいた。だが、彼の人生を壊しているのは、自分自身だ。二人で生きていくことは厳しいが、不可能なことではない。十八歳で社会人になる人もいるだろう。だから、直太の決意に自分の決意を重ねればいいだけだ。
「……山崎は、将来の夢、ある?」
 夏輝の質問に直太は首を横に振った。
「具体的な夢はありません」
「まだ分からないから、皆、高校や大学で学ぶ中で、進むべき道を見つけると思う。それなのに、高校、辞めるのか?」
「どこで、どうやって模索するのかは、俺が決めることですよね」
 直太を留まらせたいのに、彼が決意の深さを言葉にするたび、夏輝は喜んでいた。こんなふうに自分を慮ってくれる相手を知らない。だが、そういう相手がいることは、とても幸運なことだと知っていた。
「……俺、小学校二年の時、好きな子の名前を、お母さんに言ったんだ。その時のお母さんを見て、男の名前を言っちゃいけないんだって分かった。いつか、笑い話にできると思ったけど、今も全然笑えない。簡単に口にするものじゃないって思ったよ。それと同じで、山崎も、自分の将来に関わる重大な決断を、簡単にしちゃだめだ」
 夏輝はベッドの上に転がっているゼリーから視線を上げて、直太を直視した。
「いつか、理想の人と出会った時、俺との出会いを後悔する。俺と一緒に生活して、嫌なとことか、いっぱい見て、どんどん面倒になる。それで……俺が重荷になって、山崎の人生を壊したら、そんなの、笑えない……っ」
 直太の顔がにじんだ。涙を拭かずに、言葉を続けていたら、彼が飛びかかるように抱き締めてきた。夏輝の頭の横に両手をついた彼は、少しの間、そのまま泣いていた。涙が首や頬に当たる。思わず手を伸ばして、彼の頬へ触れたら、彼がその手を握った。
「なつき、先輩が、すき、です。すごく、すき、です。いま、本気ですきなこの気持ちを、いつか笑い話になんてできません。それに、今あなたをしあわせにできないなら、ありえないけど、この先、ほかの誰かをすきになっても、その人もしあわせにできません。俺が生きてるのは今で、今、俺がすきなのは、なつき先輩で、この瞬間も先輩を幸せにすることだけ考えてます。だから、先輩も、俺の気持ち、笑わないで」
 笑わない、笑うわけないだろう、とうなるように返事をした。直太のくちびるは、涙と鼻水で塩辛い。口内は歯磨き粉の味がする。きっと彼も自分に同じ感想を抱いているだろう。この温かく優しい存在を手放せない。夏輝はキスを受けながら、彼の手を強く握った。



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