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just the way you are18/i

 時おり揺れて、音が聞こえる。夏輝は寒さを感じて、身を丸めた。そばにある温もりが左肩をなでてくれた。体が痛い。寝返りができないことは知っているため、夏輝は少し体を動かすだけにした。うっすらと目を開けると、黒い網のゴムに、ペットボトルが挟まっている。
「……ぅ、ン」
 体に力が入らない。夏輝が枕にしていた温もり、太ももへ手をつくと、直太の声が聞こえた。
「先輩、大丈夫ですか?」
 夢かと思ったが、体の痛みで現実だと分かる。夏輝は高速で過ぎ去る景色を見て、「どこに向かってる?」と聞いた。
「東京行きです。もうすぐ着きます」
 白い大きなTシャツの上から、グレイのフードが着いたチェック柄の上着を着せられていた。ジーンズもサイズが大きく、ベルトで調整している状態だ。
「すみません、俺の服です。靴まで気が回らなくて、とりあえず、東京駅に着いたら、靴、買います」
 やはり夢かと思い、夏輝は直太を見つめた。すっきりとした表情の彼を見て、夏輝は現在の状況に思いいたり、周囲を確認してから、小声で尋ねた。
「ご両親に、言ってきた?」
 予想通り、直太は首を横に振った。溜息をつくと、彼は両手で左手を握ってくる。
「俺が夏輝先輩にできることなんて、ほとんどないけど、でも、俺、真剣なんです。本気で……っ」
 感情の高ぶりから、直太は泣き始めた。ちょうど、東京駅に到着するというアナウンスが流れて、彼は嗚咽をこらえて何度も涙を拭う。まっすぐな気持ちを見せられて、夏輝は苦しくなった。
 裸足では動けないため、夏輝は直太に背負われた。恥ずかしさから、フードを被ったが、冷房の効いていた車内とちがい、外は蒸し暑い。地下に靴屋があると言って、直太はスマートフォンを確認しながら、歩いた。その間も、着信があり、彼は何度も拒否ボタンを押した。
「これ、どうですか?」
 スニーカーを持ってきた直太が跪き、サイズを確認してから、履かせてくれる。
「……これでいいよ。ありがとう」
 直太はほほ笑み、靴下も手にしてから、レジへと向かう。長椅子に座ったまま、夏輝は周囲の喧騒を心地良く思った。誰も自分達のことを知らず、気にも留めない。このまま二人で生きていけるかもしれない、という幻想に酔ってもよかった。夏輝は上着の袖に隠れている自分の手首を見た。拘束具の跡はない。抵抗しなかったからだ。
 毎日、友則に奉仕した。直太にしていた時とちがう、と竹刀で背中を叩かれた。彼を愛していると言っても、嘘つきだと罵られて、夏輝はどうしたらいいのか分からなくなった。
「先輩……」
 直太が屈んで、指先で頬の涙を拭ってくれた。
「ちょっと買い物して、どこか、二人になれる場所、探します」
 靴下を袋から取り出し、手渡した後、直太は新しいスニーカーを足元へ並べた。新しい靴を履いたら、新しい人生が待っているといいのに。夏輝は靴を履いて、立ち上がる。あの病院へ入院してから、ほとんど歩いていなかった。ふらつくと、直太が支えてくれた。
「先輩、もしかして、熱ないですか?」
 俺のせいだ、とつぶやいた直太は、動揺していた。誰にも相談せずに、病院から自分を連れ出した。純粋な思いだが、責任も伴う決断だ。彼自身も疲労しているのだろう。
「山崎、俺は大丈夫だから、行こう」
 彼の肩を借りて、歩いた。途中、駅の構内図を見ていた彼が、「タクシーにします」と苦笑する。
「どこに行こうとしてる?」
「新宿です。ホテルは、親の同意書とかないと、泊まれないってネットに書いてあったから、その、フロントで人がいない、そういうところしか」
「分かった」
 直太は安堵した様子で、笑みを見せた。この後のことは、落ち着いてから話そうと思う。彼がどこまで計画しているのか分からないが、夏輝はこの逃避行がいつまでも続くとは信じていなかった。



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